02

——ボン!!!!!!!!

下の階から謎の爆発音が聞こえ、すやすや眠っていたわたしは目を見開いて飛び起きた。自室に異変はない。ついに宇宙が終わりはじめたのかと思い、部屋から走って下の階に降りる。

「おはようございます。様。今日はパジャマでお過ごしの予定ですか?」

雑巾を片手にしたサイラスがそこには立っていて、相変わらずのトーンで言い放つ。

「いや、その、なんか『ボン!!!!!!!!』っていうすごい音が…」
「ああ、それは私のせいですね」
「え?」
「卵が爆発しました」
「もしかしてレンジにかけたの?」
「オー!エクセレント!正解です。ええ。それは盛大に破裂しました。まるで真夏の夜に咲く大輪の花火でしたね。美しかったです。その代償も大きいですが」

サイラスの背後にあるキッチンを覗くと、レンジの中から天井、床まで広がった卵の残骸が見える。一体何個をチンしたのだろう。あれほど賢くてもレンジに卵を入れてはいけないということを意外と知らないらしい。
ぼたぼたと天井から落ちる卵の残骸を見て、あらまあ…という気持ちと、正直宇宙終わらなくて良かった…という思いでため息がこぼれた。

「サイラスでもそんなミスするんだね」
「電子レンジはバースの通販で購入しました」
「ここにはない機械なんだ?」
「ええ、女王候補様の朝食作りのために導入しました。すぐに温まるはずだと思ったのですが…」

電子レンジはたしか分子振動で温めているはず…と溢すと、彼は仕組みをザッと理解したようで、ああなるほど、と声に出していた。

「これまで料理はからっきしでしたので。…ここは片付けますから、お部屋にお戻りください。さあさあ」

サイラスはわたしの背中を押して、キッチンから追い出す。とりあえずパジャマでいるとまた怒られそうなので、服を急いで着替え、わたしはまたキッチンへ戻った。

「おや、お腹が空きましたか?トーストならすぐにお持ちできますが」
「いいよ。私も片付けるの手伝う」
「私一人で出来ますよ。様は守護聖様のところへ向かってください」

いつの間にか割烹着を着ているサイラスは(それは妙に似合っていた)、わたしを再び追い出そうと背中を押してくる。いやいや、手伝いますよ、とわたしは足を踏ん張り、背中に力を入れ、ぐいぐい押して対抗する。かなりの力で押し続けるが、びくともしない。ぐぬぬ。力つよ。強情。

「一日くらい大丈夫。たまには女王候補と執事と交流もいいんじゃない?ね?」
「…はあ。わかりました。私を助けても加点はありませんよ」
「そんなつもりじゃないよ」
「まあいいでしょう。あなたも意外と頑固なところがありますね」

——レイナ様に遅れをとっても私のせいにしないでくださいよ。

わたしのお手伝いアピールに折れたサイラスは、それでは、とキッチンの引き出しから予備の割烹着を取り出す。

「汚れるといけませんので」

サイラスには少し小さいそれは、わたしにはすこし大きかった。ガバッと雑に着せられたのは解せない。まあいいけど。早速掃除に取り掛かる。飛空都市は技術は進んでいるけれども、魔法が使えるわけではない。市民は割と普通の生活をしているように見える。こういう片付けも日常的にやっているのだろう。

高いところはサイラスに任せ、わたしはレンジの庫内を掃除する。一人暮らしで吹きこぼれをしたことがないひとはいないと思う。しょっちゅう牛乳をぼこぼこさせてしまうし、パスタも水が溢れる。鶏肉はよく破裂するよね。流石に卵はやったことがないけど。掃除くらい慣れたものである。
サイラスは軽口を叩くこともせず、黙々と掃除を続けていて、若干落ち込んでいる様子だった。こんなに静かなサイラスは初めてだ。わたしは掃除をしながら、そういえば彼とあまり話したことがないなと思い、声をかけた。

「サイラスは執事ではなかったんでしょ?」
「ええ。以前もお話したかと思いますが、神鳥宇宙の研究院で主任をしていました」
「普通の会社員みたいな感じだよね。急に執事になって、朝ごはん作ったり洗濯したり掃除もしたり、訪問対応してくれていつもありがとう」
「いえ、これも仕事ですので」

サイラスの表情に変化は見られない。わたしはレンジの掃除があらかた終わり、次はどこに手をつけようかと辺りを見回す。

「女王候補様。手が止まっていますよ」

すこし冗談を言えるようにはなったようだ。わたしはサボってるんじゃなくて、次の掃除場所を探してるんですけどね!

「…それにまあ、役得もありますね」
「役得?」

彼は天井にハタキをかけながら、笑顔で言った。

様のパジャマ姿、おやすみ中の姿、すっぴんに寝ぼけ顔。これは流石の守護聖様もまだご覧になれない姿ですからね」
「なんかごめんなさい…」
「レイナ様は私が起こす前に大抵起きてらっしゃいますし、夜もビシッと整えていらっしゃいます。それに対してあなたは、その、素の感じが人間的でとてもよいと思いますよ」
「いつも起こしてくれてありがとうごめんなさい…」
「感謝したり謝罪したり忙しい人ですね」

全然役得ではない。注意だなこれは。
わたしはサイラスに向かって両方の意味で頭を下げ、床を箒で掃きはじめる。掃除も終盤だ。

——私も執事として他人の生活のお世話は初めてですので、至らぬところも多々あるかと思います。その点はおっしゃってくださいね。善処します。

その言葉にありがとうと返すと、彼は穏やかな顔をする。いつもの営業スマイルではない、柔らかい顔だった。どういう訳か、胸を締め付けられる。割烹着のせいかな。お母さんを思い出してるのかな?わたしのお母さんは割烹着着てなかったけど…。

そろそろ片付けもひと段落し、お腹も空いてきた。朝からキッチンまるごとを掃除して、体力も大分減少している。ハート-4という感じ。

「…遅くなりましたが、朝食というよりランチにしましょう。本日のメニューはリベンジ!たまごサンドです。お手伝いしていただけますか?」
「わ!たまごサンド!やった!」
「私の自己評価は60点なのですが、これのどこを気に入っているか伺っても?」

たまごサンドに沸き立つわたしに、サイラスは怪訝な顔をして聞いてくる。自己評価60点なんだ。おいしいのにな。彼は鍋に水から卵をいれて茹ではじめる。これで爆発の心配はない。

「たまごサンドって作るのなかなか大変じゃないですか。それを作ってもらえるのが嬉しいです。おいしいし」
「ほう、手間をかけた料理の方がお好み、と」
「いやそうではなくて。うーん、うまく伝えられないんですけど」

手間がかかるものを作ってくれるという精神が嬉しいというか。別に卵も目玉焼きを出せば楽ちんなのに、わざわざゆで卵にして、潰して、マヨネーズやらを混ぜて、っていうのをわたしのためにやってくれたことが嬉しいというか。もちろん毎日こういうことを求めてるんじゃなくて、たまに作ろうかなって思ってもらえるのがいいなっていう。

ぐだぐだと説明すると、要するに、とサイラスがまとめる。

「朝の時間がない中で、メニューの選択肢に手間のかかるものを選んでくれることに愛情を感じる、ということでしょうか」
「わあ、そうです、その通りです」

長々と話してすみません。そう言えば、話してくださったから要約できただけですよ、とサイラスは答える。彼はすっかり茹で上がった卵をするすると剥き、マッシャーで潰していく。わたしも卵を剥くのを横で手伝った。たまごサンド用なので上手に剥けなくても全然大丈夫。ゆで卵をきれいに剥くのはやっぱり難しい。

「——お気持ちは十分伝わりました。研究院で祈ってくださったときも、何となく聞こえていましたから」
「え?」
「私の気のせいでなければ、『サイラスのたまごサンドが食べたい』と願っていませんでしたか?」
「ええ、あれは聞こえていたんですか?」
「はい。正確には聞こえたというか、虫の知らせという感じでしたが」
「(良くないことの予感がしてたんだな…)」

そうこうしているうちに、たまごサラダが出来た。味付けはマヨネーズと塩胡椒で割とシンプルである。

「…お味見してください。はい、あーん」

サイラスにスプーンを突き出され、わたしはそこにかぶりつく。

「うん。おいしいです」
「そうですか。それは良かった。——自分が作ったものを食べてもらって、おいしいと笑顔で言ってもらえるのは、存外嬉しいものですね」

彼はまた穏やかな顔を見せる。あんまりつまむとサンドイッチに挟む分がなくなりますよ。…本当においしそうに食べますね。
サイラスは食パンを準備しながら、ああ、ひとつだけ、と言う。

「…差し出されたスプーンをそのままあーんするのは慎ましやかではないですね。これでもあなたは女王候補様なんですから」
「はい…そうですね…気をつけます…」

また注意されてしまった!いやいや!スプーンを差し出してきたのはそっち!…とはいえ、確かにかぶりつくのは良くなかったかも。わーっ!はずかしい!!


20210602