「図書館デートしようか、ちゃん」

先日の事件のあと、無事退院した彼は、珍しく昼間に帰宅した。そしてたまたま休みだったわたしに向かってこう言った。
特に断る理由がなかったし、彼が誘ってくれたことが嬉しくて、わたしはその図書館デートとやらに参加することにした。
彼はいつものスーツを着て、わたしはラフな私服を着て、2人で街を歩く。不思議な気持ちがする。わたしはこんなひとの横にいてもいいのかな、と逡巡する。わたしがそんなことを考えていることも知らず、彼はポケットに手を突っ込んだまま、背筋を伸ばしとても美しく歩いた。

「ほら、こっち寄って」

車来るよ、と声をかけてわたしの右腕を掴んで引き寄せる。何気ない行動に、何だか本当の恋人のようで、わたしは戸惑う。

「せっかくだから手、繋ごうか」

彼はわたしの右手を握り、はにかんだような笑顔をこちらに向ける。それともイヤだった?と聞くから、ううん、と首を振り少しだけ彼に近づいた。見上げた顔はなんだかすこし嬉しそうに見えるのは、わたしの自惚れなのだろうか。
少しだけスピードを落として歩く彼のやさしさが、何故か痛い。

図書館に着くと、彼は自由行動を宣言して、一目散に目的の書籍を探しに移動した。長丁場を予想したわたしは、小説を探しに館内を移動する。ふと目に付いた古い本を見つけて、それを手に取ると、彼の姿を探した。
きっと医療とか法律とか、そんな難しい専門書のところにいるのだろうと思って、図書館の奥を探せば、大きな机を一人で陣取っている彼の姿が見えた。大きな身体は、こういうときにとても便利だと思う。机の端まで専門書を広げて、あちこちページを捲る男は、いかにも怪しかった。
近くにいた大学生らしき青年たちは、その異様さを感じ取ったのか、そそくさと別の島へ移動していた。わたしは邪魔をしないように彼の机の端に座ると、先ほど選んだ本を読み始める。

「ふーん、ちゃんはそういう恋愛ものがすきなの?」

本を読み終わる頃、その声は後ろから聞こえた。
何時の間にか調べ物は終わっていたようで、暇を持て余した彼はわたしの背後から同じ本を読んでいたらしい。耳元で声がしたから驚いた。

「今度この本が映画化するの。だから読もうかと思って」
「へーえ。映画化ねえ。昔流行った作品をまたリメイク、そんなのばっかりだねえ」
「時代は変わってるのにね」

それでもまあ、彼は前置きを置くとこう続ける。

「僕は人生で恋愛の章をもう一度楽しんでる、と思うよ」

古典的なシチュエーションでも、君をときめかせる自信がある。
彼はそう堂々と言い切ってから、本を返すのを手伝ってほしいと言った。専門書を数冊手に取り、印の箇所に戻していく。すでに棚の順に並べてあるという、準備の良さに関わらず、預かった最後の一冊は、わたしの身長ではギリギリ届かない高さのものだった。踏み台を探すも、近くには軋みそうな梯子しかない。彼を待とう。

「やっぱり届かなかった?」

確信犯の笑みを浮かべて、彼はもう一度やってみて、と言う。わたしが背伸びをして、ギリギリ届かないその右手を、彼は後ろから軽く掴んで、あっさりと棚に戻してみせた。

「どう?ドキドキした?」

ここまでが彼の計算のうちだったらしい。その言葉も、態度も、全部、わたしにそんな気持ちを抱かせるような布石であったというわけだ。

「参りました…」
「よろしい」

そっと腰にまわるその手も、やさしく笑うその顔も、悪戯のような言葉も、それらすべてがまた彼を素敵な人間に見せた。
わたしの心がすこしだけ痛むのは、やっぱりまだ、彼の横にいるには不釣り合いにしか思えないからで、それでも彼が歩み寄ってくれるから、わたしはあなたに憧れていられるのだ。

20140220 またつづくかも