午後3時。今日の作業は終了した。無事に終わった。システムは順調に稼働している。
それを見て一安心し、私はお気に入りの休憩ポイントに向かった。小さなベランダのようなところで、院内の窓からは見つけることが出来ない死角にある。
きっと誰かも利用していると思ったが、こんな真っ昼間には来ないだろうと高をくくっていた。



「あら珍しい、先客?」
「白鳥さん…」
「どうしたの?何?何で泣いてるの?もしかして速水?」
「速水さんは関係ないですよ」


泣いているのを見られてしまった。
白鳥さんは勘が鋭い、というかきっと言動からすべて推察できる天才タイプの人間だ。
だから、あまり弱っているところを見られたくなかったのになあ。


「こんなところにいたら、冷えちゃうよ」
「いいんですよ、白鳥さんこそ、中に入ったらどうですか」
「それはできないね」


後ろから肩に上着がかかる。白鳥さんの上着だった。彼は今、カッターシャツにベストだけ。


「ちょっと、白鳥さん、風邪引くって」
「じゃあこうしよう」


彼はわたしから上着をはぎ取った。さむ、と身震いしたら、背中がまた暖かくなった。
おなかには白鳥さんの腕が回って、つまり後ろからがっちりホールドされてしまった。身動きの自由はない。


「これで寒くない」
「…そこまでする価値はないと思うんですけど」
「何で泣いてたか教えてくれたら離してあげる」
「…言えません」
「だったらずっとこのままだよ?僕はいいけど。ちゃんとくっついてられるし」


頭に白鳥さんの顎が乗っているのがわかる。わたしとは頭一個分大きさの違うひと。人生経験も、その心の器も、きっと段違いなのだ。
わたしの顔が見えないようにしてくれてるのも、やさしさなのだろう。恐怖でいっぱいのわたしには、そのやさしさで簡単に落ちてしまった。
内緒にしててください。そういうと、彼はもちろんと言った。


「システムの入れ替えをするのが怖いんです」
「…それは、自分の会社の製品が、人の生死に関わるから、かな?」
「その通りです」


バグが無い製品なんてありえない。
故障もありうる。ウイルス感染だって考えられるし、製造途中で何か欠陥があるかもしれない。
今までは何とも思わなかった。でもここに来て思うのだ。ここは三途の川のほとりだと。そのギリギリの状態で、自分たちの製品が、医者の判断材料となっていることを。そしたら途端に怖くなった。どうしたらいいか分からなくなった。より良いものに変えているのは事実だし、失敗をした訳じゃない。でも、仮にうちの製品のせいで判断ミスをしたら、糾弾されるのは一番に医者なのだ。そんな理不尽があってたまるか。


ちゃんは、速水たちを信じてないの?」
「そんなことはありません。信じている。そして向こうからも信頼されている。だからこそ不安になる」
「医者も同じだよ」





医者だってそうだよ。とっても怖い。人の皮膚を切って、縫って、つなぎ合わせて、針を刺して、薬品を入れて。そんなこと、普通はできないよ。 でもそれが出来るのは医者自身だけだし、万が一間違わないために、医者は一人じゃない。いっぱいいるんだよ。
一人なら間違うこともある。でもいろんな頭が集まれば、正しい答えを見つけることができる。そう信じてる。そして、その「いろんな頭」には、ちゃんと、電菱の製品も含まれているってことだよ。だから、安心して。


「白鳥さん、ありがとう」
「どういたしまして」
「あの、ひとつお願いしてもいいですか」
「なあに」
「…いや、やっぱりいいです」
「ちょっと、何か気になるじゃない、言ってよ、ねえ」
「もう、大丈夫ですから」
「僕に嘘をつくのはまだ早いよ」


いつでもこうしてあげるし、あと今日はまだ離してあげないから。
しばらくして、私がくしゃみをするまで、わたしたちは寒空の休憩室で過ごした。

20140206