「いただきます」

 深夜の調理場で、私はひとり遅い夕餉をとる。小さな換気用の窓に瞬く星を見ながら、基本的には壁に向かって食事をする。これが私の日常だ。柴田家にお仕えしてから私は料理人となったので、一日の大半はここで過ごしている。他は買出しくらいしかしない。今日も一日頑張った、と思い、賄いの残り物の味噌汁を啜る。

「…か?こんな時間に何をしておる」

 背後から急に現れたのは勝家様である。男の人、ましてこの家の主である御方が普通はこんな所へは来ない。何事かと思い、驚きすぎて味噌汁の器を引っくり返しそうになった。

「か、勝家様?! 勝家様こそ、何故こんな所に?!」
「わしの質問に答えよ」
「……夕餉をとっておりました」

 夕餉と言えど、柴田家の武士に出しているものとは全然違う、粗末なものである。別に私は米が食え、味噌汁が飲めるなら全然構わないのであるが、女中のなかには「もっと良いものが食べたい」と溢す者もいた。

「腹が空いた。わぬしが食べておるものを、わしにも貰えぬか」
「こ、これは下々の賄いでございます。少々お待ち下さい、今お作りいたします」

 参ったな、今日の煮物は好評かと思っていたのだが見当違いであったか。ううむ、明日の献立を見直さなくては。私は釜に火をくべようとした。

「それで構わん。賄いとはいえ、わぬしが作ったものが不味い訳がなかろう」

 さらりと言われたその一言が、嬉しかったのは言うまでもない。私は急いで勝家様の分の食事を準備する。ここには粗悪な食器しかないのが申し訳なかった。

 勝家様が召し上がり始めたのを確認して、私も再び箸をつける。いつもは一人で食べているから、一緒に食べてくれる人が居て嬉しいし、それに自分の作ったものを人に食べてもらえるのが分かって本当に嬉しかった。私は主たちの食事時は、ここから一歩も離れられないから。

「わぬしはいつも一人で食べているのか?」
「はい、この時間しか食べる余裕がありませぬ」

 朝餉の準備はもう大方済んでいるが、少し眠ったら明日の仕込をせねばならない。調理場担当は他にも若干名居るが、彼女達には他の仕事もある。専門なのは私だけなのだ。

「そうか…ところでもう一杯、味噌汁を貰えるか?」
「はい、勿論」

 勝家様は味噌汁を気に入ってくれたのだろうか。いつでも味噌汁だけは自信がある。残して器が返ってきたことがあまりないし、下女の間でも人気である。どうぞ、と器を盆の上に置けば、、と低く名前を呼ばれた。

「手がぼろぼろではないか!」

 そう言って勝家様は私の手を取った。その手は武士の手で、ごつごつした肉刺が出来た、大きくて暖かい手だった。私は炊事で荒れている手を主に見られているのが恥ずかしくなって、勝家様から目を逸らす。すると主は立ち上がり、私の身体を引き寄せた。

「…こんなにも小さな手で、これほどに華奢な身体で、いつもあの食事を作っているのか?」
「も、申し訳ございませぬ…」
「何故謝る。寧ろ謝るのはわしの方ぞ。…一人で淋しくはなかったか?」
「淋しくなど…」

 淋しくなどない、と言おうと思ったが、勝手に口がつぐんでしまった。そう言えば嘘になる。本当は、

「…武家の殿方が、勝家様が、何を好んでいらっしゃるのか分からず、お聴きすることもできず、また食すご様子もお伺いすることができず、淋しゅうございました」
「うむ。よく言った」

 私が本音を漏らせば、勝家様はそっと私の頭を撫でた。そして腕の中へ私を引き入れる。

「わぬしは強い。強いが故に、不平不満を何も言わぬ、望みも言わぬ、全く欲のない女かと思うていたわ。だからこの目で確かめようと思った」

 少し鼻で笑うように勝家様は言う。優しい手が、私をなぞった。

、これからもわしの為に味噌汁を作ってはくれぬか?」
「勝家様がお望みであらば…!」
「そんなに畏まらなくて良い。わぬしが居らねばこの城の者は皆、飢死しておった。感謝しておる」

 ありがとうございます、と言うと、勝家様はまた私の頭を撫でる。その顔は、微笑を伴っていた。

「ほれ、さっさと食ってしまうぞ。折角の食事が冷めてしまうわ」

20090115 また味噌汁ネタでごめんなさい味噌汁最近好きなんです
お題:1204様