轟音を響かせて、凄まじい勢いで里が燃える。炎が回るのが速い。熱が身体に伝わる。 そんな中、私は敵将の腕の中で、嘆き涙することしか出来ないでいる。 守れなかった…嗚呼、私は孫市兄様に何と詫びれば良い? 薄荷の兵の妻や子ども達に、どう伝えれば良い? 何より、主を守れなかったこの不義を、どうしたらよいのだ… 教えてくれ…!前田殿…! 紅しぐれ 武人の服を力一杯握り締め、私は唇を噛み締める。 先程の戦いで、口の中を切っていたのだろう。口内は血の味がじんわりとした。 …初めから、私は死ぬ覚悟だった。私が死んで、衆の者を助ける算段だった。だから私の隊にはほとんど兵は居ない。多くを本陣に置いてきてしまった。 ここにいるのは、下々の者達。軍団長程の実力者達は、紅蓮の炎に消えた。 「…私は、馬鹿だ……大馬鹿者だ…」 涙を落とし、力無く言葉を紡げば、前田殿は黙って、ただ私を抱き締める。 突然激しい嗚咽に襲われれば、そっと背中を撫ぜてくれた。それがまた悔しくて、けれどどうにも出来ない自分が酷く惨めだった。 「様!」 我が名を呼ぶのは、薄荷衆の伝令役だった。 「頭領が……、その…」と続ける伝令を、「分かっている、」と言ってその先を無理矢理言わせなかった。 辛い言葉だ。言わなくていい。その業は、私が背負おう。 ああ、分かっている。 頭領無き今、最後の軍団長として私のすべきことは、一人でも多くの里の者を生かすことだ。 きっと、頭領はそう言うであろう。 あの方は、何よりも泰平の世を望み、その為に戦場を駆け抜けた戦さ人だったのだから。せめてその義だけでも、貫いてみせよう。 「前田殿、私の負けだ…。私の命は好きにするが良い。だが、少しだけ、彼等に情けをかけてくれ」 そう言えば、前田殿はゆっくりと腕を解いた。彼は何も言わなかった。私は涙を拭い、薄荷の伝令へと近付き、その者に謝った。 泣かない。泣いてはいけない。私はこの者達の長であるのだから。 彼らを守る、それが私のすべきことなのだ。そう思い、そしてこの場に残る薄荷の者に向かい、私は叫ぶ。 「…薄荷の者よ、よく聞け!只今をもって薄荷は解散だ!――逃げよ!逃げて生き延びよ!」 「ですが!」 「構うな!」 そう叫んだところで、私は我慢して止めた涙を流してしまった。やはり泣かないというのは難しいものだ。一番大切なものを守りたい。今はその思いだけが私を突き動かしているのだった。 「いいから逃げよ…私の願い、頭領の願いは、薄荷の兵が生きることだ……最期の頼みくらい、聞いてはくれまいか」 涙の訴えも、無言の反抗に潰えた。燃ゆる激しい音の前に流れる沈黙が、苦しい。 我ながら、何て浅ましい姿なのだろう。最期の願いさえ、聞き届けてくれぬ兵ばかりを持った。嘲笑すれば、嗚咽がした。 「…この御仁はアンタらの為に、敵に命預けて逃がそうとしてんだ。逃げな。アンタらの為に、死よりも恥ずかしい投降の道を選んでるんだ。分かってやりな」 私の事を擁護するような発言をしたのは、先程まで戦っていた、金髪の将であった。 私はひどく情けない気持ちになったが、その言葉で兵の心は固まったらしい。 薄荷の者達は、各々私に敬礼したり、礼を言ったり、挨拶をしたりして、退却していった。私に頭領の死を知らせたあの伝令も、去っていった。 様も生きてください、と一言言い残して。 燃えていく里からは、もう火の音だけしか聞こえなくなった。私は薄荷全軍が引き上げるのをその場所で、自分の眼で確認した後、静かに振り返った。 同じように黙ったまま、豪傑はその場に立っていた。 「前田殿、兵を見逃してくれてありがとう…。もう思い残すことはない、貴殿の好きなようにしろ」 「…アンタは、これでいいのかい?」 「ああ、構わない。…我が主は死んだ。守るものも失った。故に生きる意味ももうないのだ。頭領に助けられたこの命、 ただ頭領の為に生き、義を貫くことが全てだったから」 亡者の戯言だ。聞き流してくれ。私はそう言うと、その場に座り込んだ。 少しでも、頭領への義は果たせたのだろうか。 体中の血が早く流れて行く奇妙な感覚に襲われた。…何故私の心臓は動いているのだ。 すると前田殿が私の前に立ちはだかる。嗚呼、私は死ぬのだな。覚悟を決めよう。 私は眼を瞑る。意識はそこで遠のいた。 次に目覚めたときは、黄泉の国か、三途の川か、死出の山か。本物の魔王の顔でも拝んでやる。 涙が一粒、零れ落ちた。 20081116 第三話 了 |