が孫市と再会している頃、俺と幸村は堺城下である噂を耳にする。 聞き捨てならぬその噂は、着実に真実の色を帯びていく。 日ノ本を狂わせる、新たな嵐が、俺の眼にははっきりと見えた。 動乱の予感 「信長の重臣、明智光秀が謀叛を起こす」 は何かをうっすら感じ取っていた。 多分それと同じ感覚を、俺達も意識していた。何かがおかしい、と。それがまさか、こんな話が流れているとは思いもしなかったんだが。 しかしながらこの町のざわめき、そしてモノの流れ方からして、戦が近いことは間違いないだろう。 そしてまた、その噂も結構真実味があるから困ったもんだ。 光秀は気づいたんだろう。 朝倉との義に散った長政の愛、武田殲滅戦での奮闘する幸村の忠義、雑賀を思い信長に抵抗する孫市の姿、そして最期まで戦い抜いた薄荷衆の心。 そいつらが見せた現状(いま)の姿に、自分の主君を重ね合わせた結果、これでいいのか、と。 …だから本当にありえる話なんだ。 町の中を歩きながら、俺は幸村に聞いた。 「…幸村、お前はどう思う?」 「光秀殿の事にございますか?……私には、分かりませぬ。ただ、あの方が一番、信長の天下を望んでいたように思います」 「そうだねぇ。光秀は確かに、信長の天下統一を一番喜ぶだろう。だが、信長が居なくなれば、アイツの天下になる」 さて、どうしたものかねぇ。 光秀にとっちゃ、今が一番の好機だ。秀吉は中国で毛利攻め、勝家は北陸で上杉攻め。多方面への進軍のお蔭で、信長の警護は手薄だ。畿内には誰も居ない。中々頭の切れる御仁が、この機を逃す事はないだろう。殺るなら今だ。…そう思っているのは、光秀だけとは限らんがね。 そうして翌朝、俺たちはを迎えに行った。一緒に孫市の姿は見られなかった。少し前に別れてきたのだという。 「久しぶりに会った感想は?」 少々茶化して言うと、こちらを向いたの目は真剣で、何かしっかりした力を感じた。 「何もお変わりなくて良かったです」 そうか、と言って俺はそれ以上何も聞かなかった。 行きと同じようにを前に乗せ、幸村と一緒に松風を走らせる。 俺たち三人は何も語ることはなかったが、武士の勘をひしひしと感じ取っていた。 ―――もうすぐ、日ノ本を揺るがす何かが、始まる。 20090118 了 |