「何が言いたい」
「…何も」

 暗い部屋の中で、立ち上がった主は冷たい一瞥をわたしに投げかける。何も言えまい。何も言えないのだ、わたしは。うずくまって黙っていると、主が苛立っているのが感じ取れる。…ただの従者が答えてよいほど、簡単な問いではない。この戦いは明らかに負け戦だ。それでも彼は戦うと言って聞かない。それを止めたい。でも言えない。わたしは左近殿ではないし、豊臣家に恩があるわけでもない。ただの雇われ傭兵から飼われた、石田三成の一兵卒だ。主は絶対である。それだけは、天地がひっくり返っても変わらぬ関係なのだ。

「言いたいことは全て申せと言ったはずだが」
「…何もございません」
「それは約定に反するのではないか、よ」

 鉄扇をわたしの首元に突きつける。わたしは主と「隠し事をしない」と約束している。だから主もわたしに隠し事はしない。「お前には言えぬ」と言う。だからわたしもそう言ったのだ。「主には、言えません」と。

「どうして言えないのだ」
「なぜ言うことを拒むのか、
「貴様は、理由なく涙を流しすぎるのだ、」

 言えなかった。だからわたしは代わりに泣いた。悲しかった。お互い分かっているのだ。もう自分たちにはどうすることもできないと、すっかり悟っていた。この世の大きな力に飲み込まれ、抗うことなどとうに出来やしないのだと。だから主は焦って心を乱し、わたしはそれを見ているのが痛々しくて泣いてしまった。理由はある。でもそれは理由がないのと同じくらい、どうしようもないことだった。

 扇を床に捨てた主は、膝をつき、わたしの顔の涙を自分の袖口で拭うと、そのまま抱きついてきた。主は震えていた。戦が大嫌いな男だった。いつも戦場で気丈に振る舞っていたが、本当は人が死ぬのを一番嫌っていた。その命を奪うことも、相手を痛めつけることも。そんな男が大名であったが、だからこそわたしはこの男に雇われたのだった。主はわたしの涙の理由を察し、また強がってみせている。もういいんですよ、そう言えば、主は腕の力を強めた。

「なあ、、俺が死んだら、天下は泰平になるか?」

 ああ、どうして主はこうも難しい問いばかり投げかけてくるのだろう。それでもこのひとには何事にも理由が必要なのだ。答えになっていない、ときっと言うだろう。

「お答えできません。なぜなら、わたしが主を守りますから」

 そう言えば、主は嬉しそうに、ああ、と呟いて、またわたしを掻き抱いた。震えは止まっている。予想とは異なる答えを驚きを感じながら、わたしはこの人のために死ぬことを誓った。

20131121