空は晴天で、もうそろそろ陽が暮れるという時分である。まだ少し身が冷えるが、体を動かしている分には気持ちの良い気候であった。

 町で検地の手伝いをすると、城下に住む人たちの話も聞こえてくる。佐和山城下は比較的穏やかで、正澄さまの政治は流石の手腕であった。私は主に続き、荷物を持ちながら、計測をする。ここが終われば城へ戻る。長い一日も終わる。検地も一段落といったところか。 そんな中で、近頃困っているのは婚礼の儀の様子を見たり、そのような話を聞くたびに辛くなることである。ひた隠しにしているが、勘のいい主は悟っているようだ。馬を繋いでいた杭から紐を解くのに少し手間取る。手が震えるからだ。

「何をしている。早く行くぞ」
「はい、申し訳ありませぬ」
「…何を泣いている。お前のせいではなかろう。行くぞ」
「はい」

 娘は私のせいで死んだのだ。

 私は馬飼であり、馬廻である。寝食は厩の近くであり、さほど高い身分でもない。主の馬を厩に入れ、手入れをする。
 気が付けば星が浮かんでいて、私は土手に座り込む。昼間の話が脳裏を過り、娘のことを思い出す。
 馬廻の職務として戦場に向かった際、娘は私を庇って矢に刺されて死んだ。年頃の娘で、婚儀の話も出ていた。だから同じくらいの歳の娘を見るだけでも辛い気持ちがあふれてくる。どう考えても私のせいなのだ。武装していたのは私。娘は生身。自分を責めるに決まっている。馬飼の仕事はそれを忘れさせてくれるから、気に入っている。

「だれだ」
「…無礼な口のきき方だな」
「気配を消して背後に立つほうが無礼なのではないか」
「まあそれもそうだな」

 脇差を抜いて振り返れば、そこには主が居た。こんな時分に何の用なのか。やはり私を斬りにきたのだろうか。

「…どういうことですか」
「まずは刀をしまえ。話はそれからだ」

 私は刀をしまって背に置き、主は土手へ座った。私は少し下がってそばに膝をつく。

「構わん。隣に座れ。俺は無礼者なのだろう?」
「…それもそうですね」

 そして主の左手に座る。右は利き手、刀を抜きやすいように空けておく。私は斬られたかった。それを察した主は軽く笑う。

「お前は考えすぎなのだ。何事も先を読みすぎる。もう少し楽になれ」
「それを殿に言われるくらいなら、この場で斬ってください」
「…俺のそばに仕える気はないか」
「これほどにまで殺してほしいと願っている私に、それを?」
「問いに問いで返すな。だが、そうだ。俺はお前の才を買っている」
「冗談は顔だけにしてください。私は死にたいのです。死に場所を探している。それだけです」

 何を求められても、私には何もいらなかったし、何もできそうになかった。
 四六時中罪の意識が付きまとう。兵士を殺めるのも心を痛める。相手にも家族がいる。そう思うと戸惑いを隠せなかった。私には戦場は向いていない。それでも仕事を与えてくれたこの石田三成という男に感謝はしていた。だから馬廻として戦場へ同行していたのだし、それは娘が死んでからも変わらず、忠誠心の表れであった。

「…お前の死に場所は、俺が決めてやる。だから俺の傍で俺に尽力せよ」
「身勝手ですね」
「ああ、そうだ。俺は無礼者で身勝手な人間だ。だから俺についてこい」
「…お気持ちだけで十分、私はただの馬飼。それだけです」

 不器用な主の優しさだった。ついてこい、と言って、私に居場所を与えてくれる。本当にへたくそな気持ちの伝え方だけど、嬉しかった。

「…また来る」

 梅が咲く。春が近づく。山は色付き、命を宿す。
 主は大和へ行くらしい。話したい男がいると言っていた。
 それはこのやり取りの一部始終を仕組んだ男。のちに石田三成の軍師として名を馳せる、島左近であった。


20120404 なんとなく書きたくなったので