「…殿、」

 ひどく心配そうな顔で幸村様が私を見ている。慌ててご心配には及びません、と弁明した。ならば良いのですが、と言うと、彼は綺麗に笑う。明日には大坂に参れましょうぞ、と。ええ、明日ですね、私はその言葉に素直に反応した。

 大坂まであと少し。私は今、幸村様の護衛をしている。本来は左近様の臣下なのだが、三成様の命で文を幸村様の所まで運んだ。するとそれは幸村様を秀吉様が大坂にお呼びになっていた内容だったらしく、私は結果として幸村様をお守りすることとなったという訳である。

「綺麗な星にございます」

 幸村様は月ではなく、星をお褒めになった。ええそうですね、と私は微笑んで返す。確かに今宵は雲ひとつない夜空で、月も星もとてもはっきりと見える。 我が主人は、星を私に例えて褒めることが多かった。左近様のお傍を離れている期間はさほど長くないのに、とても恋しい。

 

 暁ごろ、幸村様と共に小隊は出発した。これは何にございますか、と幸村様が聞く度に、私はひとつづつ丁寧にお答えした。しばらくして、それが全て左近様の受け売りだということに気がつく。

 黄昏時になり、大坂城に到着した。賊もほとんど居らず、旅は大変平和だった。城へ入れば、何故か三成様がいらっしゃった。殿は私に、武働きご苦労だった、と言い、幸村様に挨拶をした。

「長旅ご苦労だったな」
「いえ。楽しい旅にございました。国が変われば民も、草も、家屋も、いろいろと違います故、飽きません」
「そんなものか?」
「ええ。それに殿がたくさん教えてくださいました」
「−−ああ、幸村、その名を出してくれて礼を言う」

 お二人の傍で控えていると、思い出したように殿は言う。

。お前は左近に会いに行け」
「はい、承知しております。ですが秀吉様にまだ…」
「構わん。俺から言っておこう」
「しかし…」
「俺の命だ。さっさと行け。迷惑だ」
「三成殿! 何もそこまで…」

 迷惑とまで言われては行かなければなるまい。私は失礼致します、と言ってその場を後にし、左近様を探しに行った。女官に部屋を尋ね、襖の前に座る。

「失礼致します」
「…ん、入れ」

 部屋に入れば、そこには我が主の姿。しかしその姿は出発前と幾らか違っていた。

「左近様? 少しお痩せになられましたか?」
「…ああ、そうかもしれん」
「お食事は摂っていらっしゃらないのですか?」
「食欲がなくてな」
「そのようなことではいけません! 本日は宴会もあることですし、少しでも何かお食べになってください」
「いい」
「左近様!」

 久々にお会いできて嬉しいが、この主は食欲がないなどと言い、痩せているではないか。私は粥でも持ってこよう、と部屋を出るつもりだったのだが、それは叶わない。左近様が私の腕を掴み、引き止めるのだ。手を振りほどこうとすると、左近様は思い切り引っ張り私をその腕の中に収めるのだった。どうされましたか、と聞けば、左近様は頬にふた筋の線をつけながら、力なく言うのだった。

「無事で、良かった……」

 その言葉を誰が予想しただろう。
 あまりの衝撃で少し思考回路が停止した。その間にも左近様はさめざめと涙を流す。お痩せになっていたのは、私を心配してくれていたからか。

「…勿体無き、お言葉にございます」

 私は本当に幸せ者だ。
 左近様の頬に流れる涙をそっと手で拭うと、彼は瞑っていた目を開けて、私を抱きしめる力を強くする。少々痩せたからとはいえ、その力は強く。

 その日の宴会には、左近様のお傍にお仕えすることになったので、参加していない。これもまた三成様の命である。<私が佐和山を離れてからの、左近様の愚痴を一晩中聞いていた。始めは悲しげな顔が目立ったけれど、いつしかいつものような明るい左近様にお戻りになった。そしてそんなことに気づく頃には、外は暗い暗い闇である。

「やっぱり、ここは星が綺麗でいい」

 暗い夜はいつも主は私を指して星を褒めるのだ。幸村様に言われるよりも、やはり、左近様に言われるほうが良い。嬉しくなって、主の方を見れば、彼は笑い、私を傍に引き寄せた。


その頃、宴会場にて。

「三成殿、先程は何故殿にあの様なことを?」
「あの様なこと、とは何だ」
「迷惑だ、という言葉です」
「ああ。あれはのことではない。左近だ」
「左近殿、にございますか?」
がお前に文を持って行ってからしばらくは何事もなかったんだが、月日が過ぎるにつれ正気を失っていってな…」

無事で良かった。そう思う二人であった。

20081018 突発夢!左近が好きです!