この町に引っ越してきて2週間。ボロボロだった広い屋敷をタダ同然で貰い受け、毎日ひとりで改修工事を行ってきた。その作業ももう終盤に突入し、普通に寝泊りくらいは難なくできるようになった。週末の今日は食糧を買い込み、来週の作業を頭に思い浮かべながら、市場から帰っていると、家の前にペンギンがいた。これはどうみてもペンギンだ。ここはEDO郊外にあたる地域で、ペンギンが暮らせるような地域ではない。でもあれはペンギンに違いない。連日の疲れから幻覚が見えるのだろうかと自問自答するが、正直言ってよくわからない。私は意を決してペンギンに近づく。ぐるぎゅうううううという轟音が鳴る。それはペンギンの腹から聞こえた。 「おーい、ペンギンー、魚食うかー」 声をかけるとペンギンは飛び起きた。背負っていたかごからさっき買った魚を取り出すと、ペンギンは喜んで食べた。よほど腹が減っていたのだろう。頭を撫でてみる。人に慣れているようだ。 「おいコラっヒロユキてめえ!なにメシもらってやがる!」 「そうだぞヒロユキ!俺だってメシ…」 「あっおい風助!」 後ろから騒がしい声が聞こえた。色黒の男と、帽子を被ったガキの二人。ガキは風助というらしい。二人からも地鳴りのような腹の音が聞こえた。 「…あんたたち、何者?このあたりじゃ見ない顔だ」 「俺らの素性を知ってどうすんだアァ?メシ食わしてくれんのか?」 男が啖呵を切るが、そのあとに腹の虫も鳴く。私はくつくつと笑う。風助は意識を失っているようだ。笑った私に対し、男はより怒りをあらわにする。眉間の皺が深い。私は冷たく続けた。 「帝国府の人間じゃなければいいだろう」 私は今の帝国府がとても嫌いなのだ。 「ちげーよ。第一帝国府の人間ならこんな腹空かしてねえよバーカ」 「それもそうだな。メシ作ってやる。入れ。ペンギンもな」 そういえばペンギンはヒロユキと呼ばれていた。おいでヒロユキ、というと喜んでついてくる。面白い一行だ。私はまだ未完成の家に初めての客人を招き入れる。何が食えるか分からないが、適当に作ろうと思う。かなり空腹のようだし、たくさん作ろう。ダイニングのようなところに彼らを通す。取り敢えず、と水を出せば男とヒロユキは死ぬほど飲んでいた。ほんとに大丈夫かこいつら。 「…いい匂いがすんな」 「起きたのか風助」 「おー、ところでここどこだ?」 「さっきヒロユキがメシもらってた奴の家だよ」 涎を垂らして待っている一行の姿を見て、やっぱり面白くて顔が綻ぶ。何の集団なのだろう。料理を作っている間にも彼らの腹は音を立て続ける。周りの家が近くなくて良かった。近所迷惑レベルだ。 「できたぞ、好きなだけ食え」 「おーありがてえ! ところでおめえ名前は?」 「私か?私はだ」 「そうかありがとな!うめえぞ!」 それはよかった、と言っているそばからおかわり!と叫ぶ声。ヒロユキもペンギンのくせに何でも食べる。お前ほんとにペンギンか。 気が付いたら一週間分の食料はほとんどなくなっていて、驚いた。というか引いた。 「ふあー食ったぞー ありがとう、おめえのメシうめえぞ」 「それは良かった」 「食い尽くして悪かったな」 「構わねーよ、食いっぷり見てたらこっちも気持ちいいわ」 男に笑いかけると、うまかったぞと褒めてくれた。風助とヒロユキはすでにぐうぐうとデカイいびきを掻いている。 「…騒がしいというかけたたましいやつだな。こいつら運ぶの手伝ってもらっていいか?」 「ああ、もちろんだ」 男に彼らを運んでもらい、普段私が寝ている部屋のベッドに二人(一人と一羽)を寝かせる。彼らが来てからずっと騒がしく(ほとんどが腹の音といびきだが)、一人で住んでいる私にはとても新鮮だった。男とダイニングに戻ると、私は風呂を勧めた。 「突き当たりを右に行くと風呂がある。好きな時に使っていいぞ」 「すまねえな、」 「気にしなくていい。部屋も風助たちと同じでいいか?どこ使ってもらっても構わんが」 「ああ、同じでいい。何から何まですまん」 「面白いからいいって。あー、私自分のメシ作るわ」 「…じゃあ俺は風呂借りるわ」 男が風呂を使っている間、私は自分の晩飯を作り、明日の朝飯もどうすっかなあと考える。適当な服とタオルを脱衣所に置き、私は食事の後、晩酌する。 酒を飲みながら、新聞を読んでいると、男が風呂から上がってきた。 「風呂、借りたぜ。服もありがとな」 「明日洗濯しとくよ」 「そんな明日も居座るつもりはねえよ」 椅子に座った男に酒を勧めてみる。飲むか?と聞くと、男は遠慮なく、と杯を受け取った。きっつい酒だな、と笑う。ウイスキーのロックがすきなのだ。 「あれだけメシ食っておいて、食い逃げする気か?買い出しくらい行ってきてくれないか」 私は買い出しを本気で頼みたかった。思った以上に彼らをもてなすには食べ物と、それ以外の基本的な部分が必要そうだった。私が頼むと、男は勿論だと言い、力仕事もやるぞ、と宣言した。その言葉に私は反応する。 「…いつまでこの町にいるんだ?」 「別に期間を決めてる訳じゃねえ。ダチと待ち合わせしてんのがこの町なんだ。だからそいつが来るまでかな」 「それまで行くところは?」 「ねえな」 「それまでここに住んでいいぞ」 本当か?と男は身を乗り出す。恩に着るぜ!と笑い、男は握手を求めてきて、私の手をがっちり掴んだ。 「いやーほんと感謝する!風呂あり屋根ありメシあり、最高の環境だ!何でも働くぞ!」 「じゃあ明日から力仕事を頼む」 「具体的には?」 「この家、ボロいし、家具もほとんどないだろ。今私が直してるとこなんだ。それを手伝ってほしい」 そのぐれえーいくらでもやってやるよ、と男は言った。テンションはMAXだ。酒が入ってるのもあるだろうが。私はたじたじになりながら、ああ、とか、うん、とか相槌を打った。そこから男は饒舌に話だした。なんだかよくわからなかったが、とりあえず大変だったことは分かった。 「じゃあ俺寝るわ!おやすみ」 「おやすみ、」 そういえば私はこの男の名前を知らない。 世界は愛で溢れている 20120430 藍眺3部作 タイトル 1204さま |