片づけをして風呂に入り、寝る場所を彼らに提供していたため、私はボロいソファで寝ていた。きっとまた彼らの腹の虫で起きるだろう、と思っていたが、私は別のきっかけで目が覚めた。私の顔を誰かが叩いている。目を開けるとヒロユキがぺしぺしと叩いていた。 「おーい、メシの材料買ってきたぞ、作ってくれ」 風助とヒロユキが買い出しに行ってきてくれていた。私は飛び起き、今作るぞと慌てて支度する。彼らの買ってきた量は尋常ではなかったが、きっとすぐなくなるだろう。というかどうやって運んだんだろう。そのうち男が起きてきて、風助と談笑していた。 「おー藍眺おせえぞ、いつまで寝てんだよ」 「わりー、酒飲んだらぐっすりいっちまった」 男の名前は藍眺というらしい。変わった名前だな、と思ったが、そんなことを言ったらきっと眉間に皺が寄るに違いないので、心の中に丁重に仕舞っておいた。 昨晩あれだけ食ったのに、彼らは元気にもりもりと食べた。今朝は私も同じテーブルで食べる。ほんとによく食うな。 「藍眺、俺、橙次を探してくるぞ」 「だー!やめろ、てめえ方向音痴なんだから帰ってこれねえだろうが!」 「ヒロユキがいるぞ」 「ぐえー」 今朝はヒロユキのおかげで買い出しできたらしい。私はますますこのペンギンに対して疑惑を抱いている。なんだこいつ。 「俺が探しに行ってくるからよ、風助たちはを手伝ってくれ」 「おう、何でもやるぞ!」 藍眺の話によると、その橙次という男が彼らの待ち合わせの相手らしい。飛行機に乗っている変わった男だそうだ。風助も力仕事に自信があるらしいので、彼らと改修工事をすることになった。 「じゃあ行ってくるわ。晩飯までには戻るから、メシ置いとけよ!」 「早く帰ってこねえと食うぞ」 「まあ残しておいてやるから、気を付けて行ってきな」 「おう、、あいつら頼むわ」 なんだか藍眺の笑顔が眩しい。 風助はガキのくせにほんとに力があった。裏山から木を伐り、運んでもらい、私は家具を作る。早急に必要なのは彼らのベッドだった。作業をしていると、伐採が終わった風助とヒロユキが、家具作りに興味を持った。俺もやりたいぞ、というので、二人に木材の切り出し方やくぎの打ち方を教えた。危なっかしいが、なかなか気にいって作業しているようで、予定の倍、つまり6台も出来てしまった。 「いっぱい作りすぎたか?」 「構わんよ、その橙次とかいう奴もくるだろ?」 「それもそうだな!俺これ運んどくぞ」 彼らはひょいひょいと家の中に運び込んでいく。私はシーツを縫う。これで今日はベッドで寝れそうだ。ミシンをかけていると、隣の部屋からけたたましい轟音が聞こえ、急いで駆け付けると風助の腹の音だった。 「ーはら減ったぞー…」 いけない、もう夕方だった。急いで晩飯を作り始め、しばらくすると藍眺が帰ってきた。 「おーい、藍眺さまが帰ったぞー」 「おかえり」 「おうただいま、。風助たちは?」 「そっちの部屋で腹空かして倒れてる」 んなことだろうと思った、と藍眺は笑い、ダイニングに荷物を置くと、風呂入ってくる!と翔けていった。男は風呂が好きなようだ。藍眺は長風呂なのを昨晩知ったので、彼が出てくるころを見計らって食事を作る。晩飯も今朝も彼らはドン引きするくらい食べ、今もたらふく食べるのだが、それも日常化してきた。 「なぁ藍眺、橙次はいたのか?」 「いや、いなかった。だが隣町であのポンコツを見たっていう人も居たから、明日くらいに来るんじゃねえか?」 明日そいつが来たら、きっとその翌日にはどこかへ行ってしまうのだろう。私はそんな考えにふけり、何となくさびしい気持ちになった。彼らのことは本当に何も知らないのに。 「そっか橙次ももうすぐ来んだな!久しぶりだぞ」 「まあ俺は会いたかねえがな」 メシを食い終わり、風助たちを見送って、風呂に入って私も新しいベッドで眠る。明日もまた賑やかな一日になりそうだ。 翌朝はうなされて起きた。金縛りのような気分で、目が覚めると私の腹にがっちり誰かの手が回っていた。驚いて体を硬直させると、耳元で声がする。 「驚かせてすまねえな、」 「な、え、一体」 「いいからしばらく黙って俺の言うことを聞いてくれ。お前を守るためだ、わりい」 「わ、分かった」 どう考えても甘い雰囲気ではなかった。よくわからない状況で緊張で激しく動悸している私に比べて、藍眺の呼吸は一切乱れず、しかも神経を研ぎ澄ましているのがよく分かった。遠くから風助が叫んでいるのが聞こえてくる。 「おーいあいちょおおお!もう終わったぞおおお」 「そうか!今いく!」 「ちょ、耳元でデカイ声出すなバカ!」 「おっとすまねえ」 でももう安心だ、と私の頭のぐしゃぐしゃに撫でて、藍眺は何もなかったかのように出て行った。私も慌てて後をついていく。ダイニングにはぼろぼろになった風助がいた。 「風助?!これどうしたの?」 「俺は大丈夫だぞ。ちょっと服が破れただけで」 「んで?あいつらは」 「風さんに飛ばしてもらったぞ」 「そうか、なら安心だな」 私は何のことかさっぱり分からず、頭に?を並べていると、また藍眺が私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて言う。 「大丈夫、お前のことは俺が守ってやるから安心しろ」 なんだかよくわからないが、彼の笑顔は本当に眩しい。 「ーメシー俺腹減ったぞー」 「お前はほんとそれしか言わねえな…」 はいはい、今作るから待ってろ、と言ってキッチンへ立つ。相変わらずの食欲に慣れ、食後にコーヒーを入れていると、それは起こった。正直風助の腹の音だと思った。轟音。 「おいまだ食いたりねえのか」 「…ちがう、これは」 「あのポンコツ!!」 彼らは慌てて家を飛び出していった。何のことかさっぱりわからないが、すさまじい地響きとともに、衝撃を感じた。サイフォンを置き、私も外へ出る。外には飛行機の残骸が散らばっていた。 「いって…」 「ちょっとお兄ちゃん!ちゃんと着陸してよ!あっ藍眺さん〜」 「んだよこのブス!俺に触るな!」 そこから生存者を確認した。男と女。どうやら兄妹らしく、そして妹のほうを私は知っている。 「里穂子、だよね」 「え、?なの?」 「そうだよ!里穂子久しぶり!」 私に抱き着いてきたのは、高校時代同級生だった里穂子だった。元気だった、とか、けがしてない、とかわーきゃー言ってると、お兄さんが話しかけてきた。 「なんだ里穂子、このコの事知ってたのか」 「知ってるも何も友達だもん!」 「げ、てめえこの女と友達なのか?」 「そうだよ? 何か問題でも?」 大アリだ、とつぶやく藍眺に対し、不思議がる面々。私はとにかく彼らを家に入れた。お兄さんに至っては褌一丁だ。勘弁してくれ。服着ろ。 「わーん疲れたよーー」 「お疲れ、風呂使う?」 「えっいいの?ほんと?ありがとう!」 里穂子は風呂に入りたくてたまらなかったらしく、ルンルンとして風呂場へ行った。藍眺はテンションダダ下がりの模様で、メシの買い出しに行く、と言って出て行ってしまった。風助たちもそれについて行った。家に残った橙次お兄さんと話をする。服は?と聞いたら、褌一丁がすきだと言っていた。 「風助たちが世話になってんのに、俺たちまで世話になってすまねえな。ありがとう」 「いえ、構いませんよ。ボロい家ですけど」 「里穂子とはどういう関係なんだ?」 「高校のクラスメイトなんです」 「そうか、いやー里穂子の友達なんて早々会わねえからなんか不思議だわー」 風助たちはもともと橙次の友人だと言っていた。そして彼らも、この橙次も、元忍空隊の隊長なのだと語ってくれた。機密情報じゃないのかと尋ねれば、彼は苦笑した。 「今朝このあたりが襲われたと聞いて慌てて来たんだ。何かなかったか」 「…そういえば」 起きたら風助の服がボロボロになっていた、と言えば、橙次の顔は暗くなった。 「君の家が襲われたのは俺たちのせいだろうな、申し訳ない」 「いえ、話してくれてありがとうございました。もう二、三日になるけど、私は彼らのことを何も知らなかったし」 「そうか。ところで君は俺たちを帝国府に付きだそうと考えることは?」 「ありません。私もあなたたちと同族、そして輸送部隊隊長でしたから」 里穂子にも言ったことのないことだった。高校卒業後、私は軍の輸送部隊に入った。輸送部隊と言っても、計画を練ることより、メシを作っていることが多かった部隊なのだが。忍空組のことはよく存じてますよ、と笑うと、橙次は爽やかに笑った。 「まさかとは思ったが、こんなところにも軍の生き残りがいるんだなあ。縁とは不思議な奴だ」 「そうですね、私も色々と信じられない」 「ところで藍眺のことだが、アイツとうまく暮らせてるのか?」 「? どういうことでしょう?」 「喧嘩とかしてねえか? さっきの里穂子みたいに」 「一度もしたことないですよ」 そんな話をしていると、風呂上がりの里穂子が走ってやってきて、なんですってえ!と叫んだ。そしてこの兄妹は私を上から下まで舐めるように見回したあと、二人で内緒話をして、何かの結論に至っていた。二人はひどく満足そうな顔をしている(というか鼻の下が伸びまくっている)。 「あ、あの、私、風助たちを探してきます」 「おう、そうか」 「留守番宜しくお願いします」 気が付いたら買い出しに行くと言ってからすでに数時間経っていた(里穂子は何時間風呂に入っていたんだろう)。心配になった私は町まで彼らを探しに行く。 |
愛のため、 なんて言ってそれを投げ出すほど 浅はかではないはずだ |
20120430 藍眺3部作 タイトル 1204さま |