私はあのひとの背中ばかりを見ている。
いつも追いかけるだけで、横並びにすらなれない。いつか去ってしまうような気がして、失うのを恐れた私が伸ばした手は、届かない。手のひらが空を舞う。

――忍空組は、解散する。

勝利を目前に控えた撤退は、敵味方関係なく大きな衝撃を与え、当事者である我々も混乱に陥った。
私は組を守るためにだけ生きていて、解散という言葉が重くのしかかった。今更、私にするべきことなどなかった。

これからどうするんだ、という問いに、私は上手く答えられない。
戦うべき相手もおらず、ついていく師に見捨てられ、仲間が離散する。

隊長の跳躍は美しい。私はいつもそれを遠くで眺めている。
本当はなんでもいいから隊長についていきたかった。でもそれが叶わないことを私は知っている。
私がこうしてあのひとを見つめることが出来たのは、忍空組という仲間であったからで、そうでなければ女嫌いの私を側に置いておくはずがなかった。


「お前は、これからどこへ行く?」

浜地が聞いた。彼は恋人の元へ戻るらしい。家族がいることの素晴らしさは、家族がいない私にはよくわかる。
幸せになれよ、と祝福して、私はまだ答えが出せないのだと告げた。

「気に病むな、いきなり言われたんだ。無理もない。だったら行きたい場所に行けばいい」
「…そうだな、ありがとう、浜地」

男はカラっと笑った。
何故かそれが切なくて、私は一瞬右手を伸ばすが、浜地はスッと去っていった。


忍空組の小さな集落から、次々にメンバーが旅立っていく。家族の元へ帰る者、未だ帝国府を倒すことに燃える者、修行に行く者、新たな世界を求めるもの、自由に生きる者。一人ひとりの世界に、皆が帰っていく。気が付けば残っているのは巳忍の隊長と、子忍の隊長、我が酉忍の隊長と浜地、そして私だけになっていた。

「じゃあ俺は、うちに帰って飛行機でも作るかな〜!」
「ひこうき?なんだそれうまいのか?」
「ちげーよ、空飛んでる機械だよ。お前も見ただろ風助、俺は自由に空が飛びてえんだ」
「俺も家に帰って、いっぱいメシ食いたいぞ」

子忍の隊長と巳忍の隊長はそれぞれ、帰宅するらしく、それを見送った後、浜地が隊長に告げる。
どこか嬉しそうな浜地がうらやましい。酉忍は皆、隊長を心から慕っていた。

「俺は嫁のところへ戻ります」
「そうか、いい嫁さんだもんな、しっかりやれよ」
「はい! …隊長は、これからどうされるんですか」
「そうだなあ、まだ決めてねェ」

お元気で!と去っていく浜地を見送り、残されたのは隊長と私の2人だけになっていた。私は隊長を見送るつもりで、ここに残っている。
隊長が私の前に立つ。見えるのは後ろ姿だけで、表情は分からない。背中越しに語る。
隊長との距離はこれが一番長い時間過ごした形で、心地よかった。

「…、お前はこれからどうすんだ」
「私には帰るべき里も、家族もありません。ずっと忍空のためだけに生きて」
「じゃあ俺のために生きるか?」

振り向いた隊長に、唖然として立ち尽くす。
こんな気障な台詞を吐くようなひとではないと思っていた。そして何故私が気遣われているのかも分からない。
んだよ、そんな顔して突っ立ってんじゃねーぞ、と隊長はいい、私の首に腕を回した。私は硬直する。

「いいから楽になれ、もう何も気にすんな。死ぬくらいなら俺についてこい」

やさしく言葉をかけられて、どこかで溜まっていた涙があふれ出す。
私はずっと、死にたいと思っていたのだ。藍眺というこの男の傍で、この男のために死にたかった。
そのための命だと思っていたし、そのためだけに生きた時間だった。隊長を美しいと思っていた。好きだった。だから、私はこの人を守れればそれでいいと思って戦っていた。

「あ、あの隊長、」
「藍眺」
「え、」
「もうそんな上下関係はねェんだから、ちゃんと名前で呼べ」
「あ、藍眺さま、」
「“さま”じゃねェ、藍眺でいい」
「あい、ちょう」
「おう、なんだ」
「ありがとう、ございます、あなたの部下でよかった」
「何言ってんだ、今からは俺の横で戦うんだよバーカ」

藍眺は私の頬を唇で舐めると、ちゃんと俺を見ろと言った。
そして額をくっつけ、小さく言うのだ。お前は俺の後ろにばっかいて、見えなくて心配すんだ、だから俺の目の届く範囲にいやがれ、と。
私はその瞳に吸い込まれそうな思いをして、その言葉の意味を理解し、ただ一言、はい、とだけ答えた。






その傷口にを塗りこむ








20120705 若干スランプ気味 title:1204さま