「不思議なものね」

 まっくろのコーヒーに、砂糖をひとつ。ミルクは入れない。ぐるぐると軽くかき混ぜて飲むと、熱すぎる液体が舌で跳ねる。君は?と聞くと、お構いなくと聞こえた。わたしは同じコーヒーをつくり、彼に差し出す。どうも、と呟く青年。まあ座ってよ、と椅子を指させば、一礼してから席につく。わたしも彼の向かい側に座った。

 MSデザイナー。
 女だがそれがわたしの仕事だ。彼は有能なクルーゼ隊のパイロットで、名をイザーク・ジュールと言った。MSデザイナーは戦闘はしない。だが、その功績を讃えられ、クルーゼが進言し、結果的に階級を上げてもらった。それが指し示す白服を着ているわたしは、クルーにとって疎ましい存在だ。きっと目の前の彼もそう思っている。「クルーゼと寝た」とでも。

「わたしの部屋を訪ねてくるひとがいるなんて」

 変わり者のわたしを訪ねてくるのは、モビルスーツ制作チームや軍の上層部くらい。ほとんどは機体の打ち合わせ。あとは隊長クラスが文句を言いにくるくらい。クルーゼは仕事を中断するいい口実として、ここにコーヒーを無断で飲みにくるけど。会議用の大きな部屋に、ベッドと、引き出しの棚ばかりある奇妙な部屋がわたしの住まい。

「どうしても聞きたいことがあって」

 銀髪の青年は、澄んだ双眼をわたしに向ける。美しい瞳だ。コーヒーカップに口をつけ、何でも聞いて、と言えば、彼は恐れながら、と前置きをつける。

「…自分のデザインした機体が、戦争に使われることは、どうお思いですか」
「あら、そこ突いてきたか」

 きれいな目はわたしを捉え続け、それに苦笑する。わたしは右隣の棚の引き出しを抜き、彼の前に置いた。50cm四方の箱の中には、十字架がびっしりと詰められている。それを見たイザーク・ジュールは目を見開き、絶句した。

「わたしは人殺しの道具をデザインするために生まれてきたんじゃないわ」

 わたしはモビルスーツを操縦できない。そしてまた戦闘ができるようなタイプの人間ではない。わたしがこのプラントを守るためにできることは、これしかなかった。モビルスーツをデザインすることだけ。商業用のおもちゃの車のデザインをしていたわたしに、たまたま白羽の矢が立ち、やってみたら彼らにとって案外良かったから、本職を追われ、そのまま従軍させられている。同じように連れてこられた同僚たちはこの案件を降ろされて、別のセクションへ移っていった。
 だから戦闘で死んでいった人々に、わたしは恨まれて当然だし、自分自身で自分が恨めしかった。だからひとりひとりの墓を手元に置いた。死んだひと、MIAになったひと、そんなパイロットやクルーのことを、わたしは忘れないために、十字架に名前を彫った。
 イザーク・ジュールは依然黙ったまま、わたしの話を聞いている。

「祈る、なんて今の時代誰もしないわ。宗教は死んだ。神はいない。でも運命は存在する」
「運命?」
「そう、運命。命は命と繋がりあい、世界が出来ている」
「…俺にはよく分かりません」
「わたしはね、デザインはそんな命の世界を、すこしだけど変えると信じてる。そうして確かに世界は変わったわ。わたしの理想とは遠い世界に」

 何でもモビルスーツに頼るようになった。戦争に関わることはすべてモビルスーツが行う。偵察、通信、戦闘、救助…。そうして操縦者も機械の一環として扱い、大破したら捨てる。わたしにはそう見える。いくらプラントが人員不足で、人材資源を大切にしていると知っていても、だ。それはわたしがかつて作っていた玩具のように。成長するにつれ、必要となくなったそのとき、その物質は一瞬で価値のないゴミとなる。

「だったらデザインしなければいい。嫌なんだろう?」
「好きこのんでこんなことはしたくない。でも誰かがモビルスーツを作らなきゃ、今度はあんたたちが死ぬのよ」

 わかる?
 一瞬で頭に血が昇り、咄嗟にわたしは男の首元を掴んだ。お前に何が分かる。お前に何が分かるというのだ。
 自分が生み出した機械が人を殺し、だが同時に人を救っている事実を目の当たりし、すべての業を受け入れる覚悟でこの任務に当たっているわたしの、何が理解できる?
 カッとなり、言いそうになった言葉を喉元に抑え込む。わたしは乱暴に手をほどいた。

「辛いならやめればいい」
「軽々しく言うね」
「…人質でも取られているのか?」
「殺した」
「誰が」
「わたしが、家族を」

 正確に言えばわたしのデザインした機体が、わたしの家族を焼いたということだ。
 分かるか?ともう一度言えば彼はまた黙った。わたしは冷めたコーヒーを一気に飲み干す。落ち着く香りがする。わたしはカフェイン中毒だ。

「誰にもしんでほしくない、それだけなの」

 黙ったままの彼に向かって、わたしはひとりごとのように呟く。
 わたしはデザインを続けるわ。誰にもしんでほしくないし、だからこの機体で誰かを守れるようにしたい。そして守れなかった尊いいのちのことは、わたしが絶対に忘れないから。それがモビルスーツを作る者としての、最大の使命。

「…話は終わりよ」
「コーヒー、ありがとうございました」

 銀髪の青年は、きちんと椅子を直して部屋を出て行った。わたしは憂鬱なきもちを抱いたまま、机の上の膨大なクロスを見つめる。引き出しはこれだけではなく、この部屋の棚のほとんどは、十字架で埋められている。
 この行為をクルーゼはくだらないと笑う。わたしはクルーゼが戦いを楽しんでいることを知っている。彼の戦況報告は、ザフトの白服で一番詳細だ。そして彼は戦うことで自分を見出している。人を殺すことで。クルーゼはたぶん、ヒトが嫌いなのだ。ひとではない。ヒトが嫌い。人類に辟易している。だから戦いが楽しいのだと、わたしは勝手に考えている。
 それでも、わたしはしんでほしくないのだ。クルーゼも。そして今日の青年、イザーク・ジュールも。
 わたしたちは幸せにはなれない。戦いがそうしたのだ。だから余計に幸せを願う。望む未来がそれぞれ歪んでいたとしても。

20130523