コンコン、とノックの音がした。同時に私は読んでいた本を閉じ、扉に向かって入れと機械的に言う。スッと慣れた手つきでマスクをつけた。

 ガチャ、とノブが回る音がして、失礼します、と挨拶があってからドアが開く。声の主はジオンの兵士で、その傍らには縛られた若い女の姿。私にはその女に見覚えがあった。

「お忙しいところすみません! 先程の戦闘で連捕まえた、連邦軍の捕虜です」

 私はゆっくり椅子から立ち上がり、彼らに近づいた。女は泣きそうなのを堪えた顔をしていたが、それでも私を睨みつけていた。鋭い眼光。初めて見る瞳だった。死を覚悟しながら、それでもどこか遠くへの希望を捨てていないその双眸は、私を責めているようで、少々苦味を感じる。そしてどこか、懐かしい気持ちになった。

「大佐、この女の処置は…」
「構わん、私がやっておくよ。ご苦労」

 兵士は女をこの部屋に残し、部屋から出て行った。私はそれを確認すると、女の身体を縛っていた縄を外す。かなり固く巻かれていたらしい。手首が真っ赤だ。女は一言も発さず、大人しくしているだけ。武器はきっと回収されたのだろう。縄を解き終わるとすぐ、女は拳を私の脇腹へと入れようとした。

「…その程度で私を倒せるとでも?」
「思ってはいない! いいから離せ!」
「それは無理なお願いだな。お前は捕虜なんだ。立場は分かっているか?」

 私はその小さな拳を、自分の掌に収めながら続けた。

「連邦軍はキミのような娘も戦闘員なのかね?」
「お前に答える必要はない…!」
「殊勝なことだ。そんなに連邦軍は快適かね?…よ」
「! 今、何と…」

 そっと握っていた手を離し、自らマスクを外す。人前でマスクを外すなど、もう何年ぶりになるのだろう。素顔で見つめる先に、あの頃の憧憬が見える。

「久しぶりだな、
「キャスバルさ、ま…!」

 “赤い彗星”の正体が分かると、彼女はすぐさま跪く。…コイツは昔からこうだ。鋭い光を放っていた瞳は、昔と変わらないあたたかなまなざしになる。私も少し、気持ちが軽くなる。

「おい、そんな態度はやめてくれ。今は“シャア”なんだ。そしては私の配下ではないだろう」
「ああ、私はなんてご無礼を… お許し下さい、キャス……シャア、様」

 この娘――とは言っても私と同い年だが――は、私がまだ“キャスバル”だった頃の幼い世話係だった。いつでも私の傍にいた。そして名を呼べばすぐに駆け寄り跪く。そして心から安心して話せる、唯一の存在だった。当時では大したことではなかったが、今となってはこんな腹心はいない。いや、もうあの時すでに、は私の腹心ではなかった。大切で、大事な、そう―――

 私は跪いたままのに向かって、こう言った。

、ジオンへ来る気はないか?」
「その前に。シャア様、何故ジオンに与するのです? お父上を殺したのは…」
「ああそうさ。復讐のためだ。ただ私は、アルテイシアに幸せになってほしい。そして、、お前にも幸せになってほしい」
「…わたし、ですか?」
「復讐の罪は私に掛かればいい。お前達は手を汚す事はない。だから」
「そんなのいやです!」

 は突然立ち上がり、私の肩をがしりと掴んで言う。

「お気持ちは嬉しいです。それだけで、この上なき幸せです。だから、私の幸せなんて、望まなくていいのです! 私は、私はただキャスバル様に幸せになってほしい…」
「気持ちだけ受け取っておく。それから今の私は“シャア”だ。キャスバルはもうここには居ない」
「たとえキャスバル様がいなくても、私は…」

 言葉に詰まるに、私はとうとう我慢が出来なくなった。私の肩を掴んでいる彼女の身体を引き寄せる。分かっている。分かっているさ。だがな、私にはもうこれしかないのだよ。そして後戻りは出来ない。だから。

「ジオンへ、来てくれないか? もう、家族を、お前を失うのは、御免被りたいんだよ…」

 あの幸せな時間を、もう一度取り戻すために、私は戦う。
 宇宙というものを知らなかった、あの時と、何ら変わりない希望を叶えるために。
 いつかお前に、「愛している」と、伝えたいから。

20090701 企画サイト「30!!!」提出&完成
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ガンダム30周年、おめでとうございます!
実は1stしか知らないのですが、参加させていただきました。
ガンダムは奥深く、とっても魅力的な作品だと思います。
こうして30年も愛され続ける作品に出会えたこと、そして私が拙いながらも一つのお話を書くことができたことをとても嬉しく思います。
これを機に、ガンダムをもっと好きになれるように、楽しい話をみなさんと出来るように、また少しずつ精進していきます。

最後になりますが、ユノさま、素敵な企画をありがとうございました!
これからもずっとずっと、ガンダムが続いていきますように。 それはもう、宇宙のように、広く、長く、遠く。