わたしはアカデミーをびりっけつで卒業した。本当に滑り込みセーフだった。設備機械はわかるのはわかるけど、みんなのように専門家になれるほどではない。パイロット訓練はボコボコにやられっぱなしだった。こんなにもセンスがないのかと笑えた。目立って得意な科目は何にもなくて、アカデミーは途轍もなく大変だった。思い出したくもない。

「…お前が俺の担当なのか?」
「ご不満?」
「当たり前だ」

 イザーク・ジュールは冷たく言い放つ。赤服を着た彼は、緑の隊服のわたしよりも階級が上であり、何もかもが手の届かないひとになっていた。艦内のミーティングルームにふたり。
 わたしが唯一他人より秀でていたのは、ケアマネジメント。ケアよりもマネジメント、それこそ隊員のお世話役が得意だった。なんとか卒業して、その後これまた大変な研修を受け、マネジメント担当として一人立ちした途端、配属された先がクルーゼ隊のイザーク。
 学生時代はよくパイロット訓練を教えてもらった(というかあまりにわたしが出来なさすぎて怒られてばかりだった気もする)仲だが、今となっては大きな階級の差である。

「…それで。何の用だ」
「わたしはあなたのケアマネジメントを担当します」
「それは分かった」

 不満である、ということを全面に押し出して、その綺麗な顔を大きく歪ませる。わたしだってあんたの世話なんかしたくないわよ。ニコルちゃんがよかったわよ。(ニコルちゃんは後輩だというのにわたしの世話、というか尻拭いを手伝ってくれた) 事務的な受け答えをしたあと、今日一番の課題に入る。

「はい、じゃあハグ」
「…はあ?」

 先ほどよりももっと顔を歪ませて、彼は不快感を露わにした。ほらね、こうなると思ったんだよ…でも研究所の言葉はゼッタイなのだ。わたしはやらねばならんのだ。

「研究所からのメール、読んでないの?これからはマネジメント担当が、パイロットの精神状態を改善するためにハグをします」
「見てない。見たとしても何でお前と…」
「びりっけつのとハグするのはごめんですか。そうですか。じゃあ診断拒否としてクルーゼさまに方向しておきます」
「まてそれはやめろ」

 …はやくしてほしい。
 イザークが黙った。
 わたしだって彼が苦手なのだ。何でもできる彼への負い目をとても感じている。バカにしながらでも、教えてくれたのには感謝してるけど。第一ハグの意味がわからない。いや効果があるのは学術的に証明されてるし、実践も良いと思うけど、何故わたしが!冷や汗かきそう。なんだこれ。何の緊張だ。

「…今じゃないとだめか」
「どういうことですか」
「できれば30分ほど待ってほしい」
「できればさっさと終わらせて次の方のところへ行きたいのですが」
「次って誰だ」
「ディアッカ」
「…」

 30分待つ意味がわかんないし、次がディアッカで何が悪いのか。ディアッカなら待ってくれそうだったから先にイザークのところに来たのに。

「分かった。分かったから、思ったことをアイツに言うな」
「はあ」

 クールビューティなイザークが若干取り乱している。それほどハグすんのイヤなのかなあ。そこまで嫌われてるのかなあ、こっちが悲しくなる。卒業してから全然会ってないから、学生時代よっぽどひどかったんだなあ。上司に相談してイザークとのハグはとりやめにしてもらおう。うん。

「イザーク、上司に相談するからもうハグしなくていいよ」
「バカ言え、いいからお前は黙ってろ」

 ほら、と両手を広げられ、そんな気恥ずかしいハグをする予定ではなかったのだが(挨拶の軽いものだと思ってた)、イザークはわたしを引き寄せて、がっつり抱きしめてきた。勢いで背中に手を回してしまい、それに気づいて彼の腕を外そうとするも、向こうは離す気もないようで。

「ちょっと、イザーク、もう離していいってば」

 30分待ってくれって言ってたくせに意味がわかんない。何ノリノリで抱きしめてきてんの。セクハラ!セクハラよ!これ!ストレスケアと称したセクハラ!

「セクハラ!」
「誰がセクハラだ」
「イザーク!」
「いいから黙れと言った」

 凄まれて、一瞬ビビった間にイザークがキスしてきた。本当のセクハラじゃない!

「イザークも抜け目ねえなあ」
「! ディアッカ!」

 救世主現る!
 あまりにも遅いわたしを心配してきてくれたんだね、ディー!するとイザークは綺麗な顔を今度は怒りの表情に変えて、ツンツンしながら部屋を出て行った。
 風呂上がりで半裸のディアッカ。首にタオルを巻いてさわやかに登場した。
 大丈夫か?と聞かれ、セクハラされましたと言うと、ディーはよしよしとわたしの頭を撫でた。ディーはわたしをいつも甘やかす。

「えーと。では、その、こんなわたしですが、ディアッカのケアマネジメントを担当します」
「はいはい。よろしくねー」

 ディーの問診はスムーズに終わり、ハグの件を伝えると、彼も知らなかったようだ。

「なーんだ。だからアイツがノリノリだったわけか」
「そんなに飢えてるの?」
「まあ毎日戦闘だしな」

 ディアッカもぎゅっと抱きしめてきた。クルーゼ隊のハグはこんな感じなのかもしれない。わたしの知っているハグが異なっているのかもしれない。もういいや。石鹸の良い香りがする。

「問診、後でよかったぜ」
「何で?」
「風呂入ったあとだったから」

…だからイザークは30分待てって言ったのか。

「…、俺もキスしていい?」
「な、ダメに決まってる!」
「じゃあもうちょっとこのままで」

 腕回してよ、と言われたので、何故か従ってしまい、より密着する格好になる。恥ずかしい。本当に何をしているんだか。これストレスケアになってるのか。エースパイロットとわたしは一体何をしているんだか。ディアッカの濡れた髪から雫が垂れ、わたしの首もとに落ちた。

「…ッ」
「ここ?」
「ッちょっと、ディー!」

 その首筋を軽く舐めるディアッカ。わたしは恥ずかしくて死にそうだ。もう何でこんなことになっているのか分からない。顔が真っ赤だと思う。そのとき、ミーティングルームに通信が入る。(受信専用だ。)緊急招集命令。

「あー残念。いかなくちゃ」

 そっと腕を離し、行ってきます、と彼は言い残し、部屋を出て行った。

 わたしのカウンセリング生活は始まったばかりだ。

20130514 かわいいふたり