「わっ、ごめんなさいっ」
「ぎゃっ」

知らないコとぶつかった。ぼーっと中庭を歩いていたら、そのコが猛ダッシュで走ってきて避けられずにぶつかった。
そしてわたしの膝は地面にドラゴンダイヴし、案の定猛烈な痛みを感じ、自身も地面にドラゴンダイヴした。
分かりやすく言えば、膝から崩れ落ちて強打して打ちひしがれている。
くっそー…痛いぞこれ…立てん…
授業開始のチャイムが鳴るが、そんなことより立てなくて、どうすることも出来ず地に伏せる。声を出すのもままならない。なんだこれは。

「…何やってるんすか、えーと、センパイ?」
「うー、あ、の、ッ、痛」

声をかけてきたのは学校で有名な不良の巽完二くんで、もう誰でもいいから助けてほしくて声を出そうとするが、ほんと尋常じゃなく痛くて声すら出ない。
見かねた巽くんが、わたしが膝を押さえているのに気が付き、手を引っぺがすと「うわあ」とため息に似た声を出した。

「立てますか?」
「む…」

否定の首振りをする。巽くんはまあ立てたら立ってますよね…と呟き、保健室運びますよ、とわたしを抱えた。
巽くんのなすがまま、わたしは彼を信用して身を預ける。彼がわたしを持ち上げると、センパイちゃんとメシ食ってるんすか?と怒られた。 いや食べてるよ。いや太ってると思ってるよ。眉間に皺を寄せて(膝が痛い)その質問に答えていると、彼はもっと食って太らないとダメっすよ、と言った。 なんて育ちの良い男子なのだとわたしはとても関心した。

保健室に来ると、巽くんはわたしを椅子に降ろしてくれて、保険医が対応してくれた。
信じられない…!といった顔を先生はしていたけど(まあそりゃ巽くんがケガ人を運んでくるなんてびっくりするだろう)。骨には異常はないみたいだが、相当な打撲であるらしく、完治には1か月くらいかかるようだ。湿布を貼ってもらいテーピングをしてもらう。先生にとりあえずもう帰っていいよと言われた。
わたしも痛さで授業どころではなかったので、あとの手続きは保険医に任せて帰ることにした。

気が付いたら巽くんはいなくなっていた。わたしはお礼が言えないままなことに気がついて、すこし後ろ髪を引かれるが、授業中だし彼の教室を探している場合ではない。
教室に戻ると、わたしがサボっていたことに驚いたクラスメイトたちに問い詰められた。 事情を話し、膝の湿布を見せると、お大事にーとみんな送り出してくれた。かなり痛む膝のせいで、ほとんど足を引きずる状態でクラスを出、下駄箱に向かう。

わたしは今気が付いた。靴を履きかえるのがとてもキツイということを。
上靴を脱ぎ、それを拾って、ローファーを履く。…しかもわたしは体が固く、前屈が大の苦手である。

「センパイ、靴箱どこっすか」
「た、巽くん」

2年の靴箱のところで巽くんが待っていた。心のどこかで彼が現れるのをちょっとだけ期待してた。だから、ちょっとだけうれしかった。
下から2番目のところを指すと、彼はわたしの靴を取り出してくれる。

「ほら、早く脱いでください、足曲げれないんすよね?」
「は、はい、すみません」

だがしかし靴を脱ごうとすこし力を入れただけで、激痛が走る。顔をうっかりしかめてしまった。もう巽くんには心配や迷惑をかけたくなかったのに、彼はそれに気が付いた。

「あーもう、靴も脱げないんすか」
「いや、脱げるから、」
「しゃーねーなあ」

彼はそういうとわたしを米俵のように担ぎ、ひょいひょいと靴を脱がすと、またひょいひょいとローファーを履かせて降ろしてくれた。何度も抱えられて本当に恥ずかしいことこの上ない。

「あ、ありがとう、巽くん」
「別にいいっすよ」

ぶっきらぼうに言いながら、わたしの上靴を靴箱へ入れてくれた。

「ちょっと待っててください」
「え?」
「送ります」
「い、いや一人で帰れるよ」
「アンタ階段で4回も転びかけてるんだから、それは説得力がねえっす」
「(見られてた…!)」

教室から下駄箱までの短い距離でもかなりの苦痛であった。しかもコケかけてたのまでばっちり見られていたとなれば、もう何も言えまい。 おとなしくわたしは巽くんを待つ。彼は自転車を持ってきて、わたしを後ろに座らせてくれた。

「しっかり捕まっててくださいよっ」
「は、はい」
「何で敬語なんすか」
「いやなんとなく」

うっかり「はい」などと返事をしてしまった。というか思い返せばずっと敬語になっている。 まあちょっぴりコワモテだし(いやだいぶか)、でも優しいんだなあって実感した。 巽くんのシャツに捕まって、自転車で帰るなんて、昨日のわたしには到底想像できないことだ。 世の中何が起こるか分からないなあとふと笑う。でもお世話されまくりで抱えられすぎて、醜態をさらしすぎて恥ずかしすぎる。

「何にやにやしてんすかセンパイ。家どっちですか」
「あ、えと、その先の信号を右で、コンピニの奥を左に行って…」
「…なんか回りくどい道じゃないっすか? 中学の近くですよね?」
「人通りの多い道から帰ってて…すみません」
「別に謝らなくていいっすよ。その選択は正しいっす。で、次は?」
「あ、ここです」

家の前まで送っていただいてしまった。あの巽完二くんに。ほんとこんないいひとだとは思っていなかった。正直。
わたしは荷台から降りて、鞄を受け取り、丁重に頭を下げた。

「今日はいろいろとありがとう、助かりました」
「うむ」
「あ、足治ったらちゃんとお礼させてください」
「…デート」
「え」
「一日デートしてください」
「わ、分かった、でもわたしなんかでいいの?」
「俺の一日つぶしたのはアンタでしょ」
「はい…」

ほんとにどっちが年上なんだか年下なんだか、という会話をしてしまった。 突然「デート」という単語を出されて、巽くんのことをがっつり意識してしまった。ほんと恥ずかしい。多分顔真っ赤だ。

「センパイ顔真っ赤」
「す、すみません…」
「かわいいからいいっすけど。じゃあ明日の朝迎えに来るんで」
「え、」
「じゃあまた」
「え、あ、あの」

巽くんは自転車に乗り颯爽と去ってしまった。おいおい、わたしのこの胸のどきどきはどうしてくれるんだ。っていうかいまかわいいとか言ったよね…
わたしは思い出し笑いならぬ思い出し照れをして、真っ赤な顔で、心臓をばくばくさせながら家に入ったのだった。 靴が脱げないことを痛みとともに今思い出したけど。

翌朝、巽くんは本当にうちまで迎えに来てくれて、わたしの靴を履かせてくれるところから始まり、本当に恥ずかしすぎて爆発しそうだった。

「センパイ、顔ほんと真っ赤っすよ」
「う、うるさ…」
「えっ何ですかっ?」
「あーもうっ、恥ずかしいっ」


巽くんと登校していることは瞬く間に広まり、わたしの顔はずっと真っ赤のままだった。

20121228 完二くんは最高の後輩キャラですねかわいい