「ただいま」
「あら、おかえり」

3週間ぶりにパズが私の家に帰ってきた。久しぶりに見たその顔は、やっぱり疲れた顔をしていた。パズはゆっくりと靴を脱ぎ、ダイニングの椅子に座ってタバコを吸い始めた。甘いチョコレートの香りがする。キャビンのプレステージだ。パズは甘いものを摂らないかわりに、よく甘いタバコを吸っている。そして夕飯は食べたのか?と聞いてくるので、まだだよ、と軽く答え、冷蔵庫の中身をチェックする。今日パズが帰ってくるとは思っていないから、特別な用意は何もしていない。さて、どうしようかな。

パズは好き嫌いをあまりしないし、そもそもあまり食べ物を摂取しない。今も夕食を作ったけれど、ほとんど酒のアテのようにしか食べない。サイボーグだからなのかもしれないけど、全身義体ではないから、その辺りのことは私には分からないけど。私はパズのために野菜スティックとほうれんそうのソテーを作って、自分用に白身魚を焼いた。パズは少しその魚をつついただけで、あとは野菜とチーズを食べるばかりだった。私は仕事終わりでお腹が空いているので、がっつりごはんをいただいた。そして結局私たちはワインを2本空けた。赤と白と1本ずつ。

私は一通り飲み終わったあと、お風呂に入って、今度は日本酒を燗にしていた。パズもお風呂に入り、それに口をつけたけど、あまり好きではないので、ひとりでミスティー・ネールを作りはじめる。私もウイスキーをすこしだけ舐めたけども、あの味をごくごく飲むにはまだお酒のおいしさは分からない。まずい、という表情を作ると、パズは「まだまだオコサマだな」と私の髪をぐしゃぐしゃにして笑う。からん、とグラスの氷が解ける音がした。


「今回のお仕事も大変だったの?」
「ああ、まあな。まだ全部解決したわけじゃない」
「なら明日早いの?」
「いや、明日は緊急招集がない限り、休みだ。義体のメンテナンスもしたいしな」
「そうなの。じゃあ気が向いたらいいワイン、買っておいてくれない?」
「ああ、気が向いたら、な」
「別に期待はしてないから」

そういうと、パズはなんだそれ、とすこし笑った。パズは仕事柄お金が結構あるようで、いつも高いワインを買ってくる。もちろんおいしいのだけれど、それじゃあなんとなく割に合わない気がして、どこか悔しいというか、むなしくなるのだ。だから安くておいしいワインを探してほしい、といつもいうのだけれど、それはいつも叶わない。パズが選んできたお酒は絶対においしい。高いけど。それでも安いのを、って頼まないよりは頼んだ方がいいかな、と思うので、一応言うのが日課のようになっている。私は、明日も仕事だし寝るわ、と言ってベットにもぐる。パズはウイスキーを飲みほして、同じベットへ寝ころんだ。私はパズの指先に触る。なんて美しい指なんだろうと、毎回思い、そしてパズにも毎回告げる。


「きれいなゆびね」
「いつも言うよな、お前」
「だって美しいと思うの」

私はあのプレステージになりたいと、何度思ったことか。パズがタバコを吸うとき、あの指先にうっとりしてしまう。深爪の指先。パズは女性を傷つけないために、ずっと深爪にしている。そんなところもまた美しいと思う。それを他のひとは、ただのフェミニストと思っているかもしれないけど。


「もういいから、寝ろ。明日は何時だ?」
「10時に出勤だからすこし余裕あるわ。おやすみ、パズ」
「ああ、おやすみ」

私とパズは所謂同棲関係であるけど、どちらかというとルームシェアに近いのかもしれない。恋人なのかもしれないけど、特に踏み込んだことは一切しない。パズが「一度寝た女とは二度寝ない主義」なのも知ってる。けど、なんとなく一緒に居るのが心地よくて、なんとなく一緒に暮らしている。パズの仕事が警察のなかの、特別な部署、ってことは知ってるけど、それ以上は知らない。何も聞いたことはないし、それについてパズに疑問を持たれたけど(何で聞かないんだ?と)、教えたくないならそれでいいし、外のパズがどうであれ、私はパズがすきなのだと思う。そしてパズも私のことがすきだと思う。それでいい。目をつぶって、眠ろうとする最中、パズのくちびるが私の額に触れた。

「おはよう」
「おはよう、何、今日は早いのね、」
「ああ、コーヒー飲むか?」
「うん!」

パズはコーヒーを淹れるのが上手い。これは多分、同僚のひとたちが知らない、私だけが知っているパズの魅力のひとつだ。

20111104 パズが好き過ぎてついに書いてしまった