毎年湘北高校では、生徒会が七夕のイベントを用意している。教頭先生の家の庭にある笹を軽トラで持ってきてもらい、7月1日から校内に笹と短冊を設置する。生徒はそれぞれ短冊にすきなことを書き、七夕が過ぎたら焼却炉で焚き上げる。そこまで準備は大変ではないし、今年の生徒会長は七夕飾りを作るのが好きだった。会長の鼻歌はミスチルの「星になれたら」で、この時期のテーマソングらしい。

「今年も大変だな」
「わたし工作すきだし?」
「そうだな。毎年飾りが豪勢になってるな」
「来年は質素になるよ。きっと」

 生徒会長というのはわたしのことである。3年3組、。元々生徒会なんて興味がなかった、ただの一般人だ。1年のとき、生徒会への勧誘を執拗に受けていた木暮に、「あっこの子が入りたいって言ってました!」と身代わりにされて以来、木暮とは友人となったし、そうして赤木とも仲良くなったのだ。

 放課後の3組の教室で、わたしはひとりで鼻歌を歌いながら星を作っていた。「星になれたら」が失恋の歌だと知ったのは1年の七夕のあとだ。毎年この時期の鼻歌選曲がこれなもんだから、生徒会長はいつも七夕に失恋しているかわいそうな織姫だと言われているらしい。だから毎年笹飾りが増えているのだとも言われていた。この噂の実害はなかったのでわたしは別に良かったし、豪勢な飾りは毎年折り紙がじょうずになるから楽しかっただけだし、みんな意外と楽しそうに七夕まつりをするので結構すきなイベントだった。

 赤木は毎年、校内に短冊を置いたり、笹を飾るのを手伝ってくれる(木暮はもちろん手伝ってくれない。意外とそういう奴だ)。今日も各クラスに短冊の紙を届けに行ってくれていた。

「はいこれ」

 わたしは赤の短冊を渡す。赤木はそれを受け取ると、わたしの席の前に座って、迷うことなく書く。全国制覇。3年間、ぶれることなく、彼は短冊にこの四文字を書いていることを、わたしは知っている。

「ようやくだね」
「ん?」
「ようやく、その夢に手をかけたじゃん」
「…ああ」

 湘北高校バスケット部は、今年夏のインターハイに行く。この学校史上初めてのことだ。過去の資料を全部見たわたしが言うのだ、間違いない。

「願ったら叶うとか、諦めなかったら勝てるとか、そんなことじゃなくて。実際に、現実なんだよ」
「……」
「赤木?」
、もうやめろ」
「何なに? 人数少なくて廃部にまで追い込まれたのを、部活存続させてあげたわたしに感謝してもいいんじゃないの?」
「…ああ、勿論、お前にはとても感謝している」

 学校には生徒会が存在しなくてはならない。それがこの学校のひとつのルールだった。マンガやアニメの生徒会は、一大権力を持ったり、すごいひとたちが勢揃いしてたり、とにかく絶対的な力を持っていたりするものだけれど、湘北高校生徒会は、1年の秋からこの1年半の間、わたしひとりだったのだ。生徒会がやることと言えば、部活の予算を組んだり、代表として喋らされたり、はんこをひたすら押すことであり、わたしは適当に会長業務を全う出来てしまえた。そうして3年になって、何故か後輩が何人か入り、ようやくわたしは仲間が出来たのだった。
 だから廃部寸前のバスケ部に、赤木に自分を重ねて贔屓していた。わかるよ赤木。わたしも仲間がほしかったから。仲間がいるだけで、どれだけ頑張れるか知ってるよ。赤木と同じだけ。


「んー?」

 短冊を書き終えた赤木は、机の上の折り紙たちを見ながら、星に手を触れる。

「お前もよく頑張ったな。途中で生徒会辞めるかと思ってた」
「赤木と張り合ってたから。アイツがバスケ部辞めない限り、わたしも辞めない、負けない、って決めてたの」
「何で俺なんだ」
「同じような環境だったからねー」

 赤木は黒の短冊をわたしに差し出す。ほら、お前も書け。そう言われて、飾りを折る手を止める。
 わたしも毎年同じことを書いている。すきななひとの願いが叶いますように。書き終わると赤木がその短冊をするりと奪い取る。ため息をついて、こう言った。

「お前はいつも自分の願いを書かないな」
「すきななひとのお願いを叶えてもらうのも、お願いでしょ?」

 ふたりが祈れば、ちょっと効果が出ると思わない?というと、あきれ顔で赤木は言う。

「その“好きな人”ってのがロクな願い書いてないかもしれないだろ」
「それは毎年短冊読んでるから大丈夫」
「いやまだ回収してないだろ」
「いま読んだ」

 にこにこして赤木を見ると、ようやくその意味がすこし伝わったようで、耳が赤くなっている。小さい声で、俺なのか、と尋ねてくる。

「そうだよ。わたしは赤木がすき。ようやくインターハイ行けるね、赤木」
「…ああ。そうだな。じゃあ俺もごまかさず言うか。俺もが好きだ。ずっと前から」

 俺の夢を笑わずに応援してくれたのは、お前が初めてだった。公立高校で全国制覇だなんて、考えるだけバカだと笑われてた。バスケをする人数もいないくらい、部員が少ない時、お前は廃部にしないでくれと職員会議で懇願してくれてたのも知ってる。予算も割いてくれてたしな。去年も地区予選に見に来てくれてたのも、今年の試合も来てたのも知ってる。三井が暴れたときも、必死に先生たちを説得してくれたんだろ?

「いっぱい甘えてたな。すまない。でも許してくれるか?」
「…それ、ほんと?」
「本当だ。どうしたら信じてくれる?」

 赤木が真剣な顔で言うので、だんだんおかしくなってきて、嬉しさとはずかしさで頭がぐるぐるする。机の上の、赤木の大きな手に触れると、そっと握ってくれた。雨の七夕、7月だというのに空気は冷たくて、その手の温かさがじんわりと気持ちいい。

「じゃあキスさせて」
「えっ」

 わたしがその大きなくちびるに軽くキスをすると、赤木の顔は真っ赤に変わっていく。わたしは満足だ。ふふ、と笑うと、赤木もつられて笑い出す。辛いときを知っているから、今がとても幸せな時間なのだということを知っていて、それを大事なひとと分かち合える。わたしたちは、いまそれを、あたたかなてのひらで知った。

「な、木暮押すなよ」
「ちょっと黙れよ三井」
「そうだぞミッチー、いいところなんだ、ゴリにこんなセイシュンが来るだなんて人生最初で最後だぞ」
「シーッはなみち!」
「先輩たちもウルサいっす」

 聞き覚えのある声に、赤木はその赤い顔をまた違った赤に変えた。席を乱暴に立って、廊下へと駆け出す。バスケ部の面々は一目散に逃げだした。わたしは赤木のシャツを捕まえて、落ち着いてと促す。

「いーじゃん別に。みんなの前でもっかいする?」
「やめろバカ。…バカはあいつらだけで十分だ」
「ほらほら。キャプテンしっかりして? わたしのお願い叶えてね?」
「わーっとるわ! ほら、も行くぞ」
「行くってどこへ」
「体育館。好きな奴のお願い、叶えるんだろ? だったら応援しろ」
「お星様まだ37こ作らないといけないからむり」
「…今日くらいいいだろ」

 その大きな手に引っ張られて、わたしは体育館へと連れて行かれる。
 彦星には似つかわしくないひとだけど、このひとを照らしてあげる星になれたらいいな、ってそう思うから。

20150707 SDイベント赤木参戦記念