見つけないでほしかった。

 きっときっと、私はあなたへの想いでいっぱいになってしまう。あなたを忘れられなくなって、あなたは私の心のなかで一番のものになってしまうから。だから、このままいっそ、会いたくなかった。そしたらいつか、この想いに勝るほどの恋をして、あなたは私の想い出の初恋の人になるはずだったのに。

「…

 名前なんか呼ばないでよ。今まで一度だって、呼んでくれたことはなかったのに。何よ。今さら、何よ。

、俺だよ、花形」

 夜の駅前のロータリーで私に声を掛けてきたのは、私が初めて恋をした花形だった。

「…は、ながた」
「そ、覚えててくれた?」

 その言葉に返す言葉が何故か見つからなかった。もちろん覚えてる。忘れる訳ないじゃない。好きで好きで仕方なかった、あなたのことを、忘れることなんて出来なかった。だけど、気持ちが言葉にならない。出来ない。
 元気してるの、という問い掛けに、うんまぁね、という曖昧な返事を返した。私の心臓は明らかに異常。脈動が激しい。周りにこの音が聞こえるんじゃないかと、有り得ないことと理解しているのに思った。私とは裏腹に、素直に反応する鼓動がうらやましい。花形はすこし見ない間に随分と大人びていて、身長差も大きく開いてしまった。身体の小さい私は、首を曲げないと花形の顔を見ることはできない。その差は、私と花形との距離みたいだった。届きそうというよりはすこし広がり過ぎてしまった、二人の時間は、きっと埋められることなんてないのだろう。

「今、帰り? 用がないなら送ってくよ」

 あの時には見せたことがない、飛切りの笑顔で私に問い掛ける。本当は、嬉しいけど断りたかった。でも断っても結局帰る方向は同じだし、時間を潰せるような店はもう閉まっている。私は仕方なく、ありがとうと返事をした。

 花形と歩きながら、私は無性に泣きたくなった。なにしてるんだろう、って自問した。今、私の横を歩いているのは、紛れもない花形本人で、こんな日を待ち望んでいたはずなのに。心の中がぐちゃぐちゃになっていて、花形が話しかけてくれるのに、私はまともに答えることが出来なかった。なにを答えたらいいのか、全く分からない。頭が動かない。勝手に足が動いているだけだった。私と花形は、微妙な間隔を保ちながらただ帰り道を一緒に歩いていた。そしてその間を、ひどく乾いた風が、びゅうと音を立てて過ぎ去る。
 駅前の賑やかな街から離れて、お互いの家のある方へと足を進める。通行人もおらず、通りはひっそりと静かで、ところどころにある自動販売機が、明るく道を照らしながら低く唸っていた。
 私よりも、ほんのすこし前を歩いていた花形が立ち止まったので、私も足の動きを止めた。無言で花形がこちらを向く。視線が絡んだ瞬間、私の心臓はまた激しく打ち鳴った。そのまま私たちは無言で見つめあっていた。ほんの数秒、数十秒だったのだろうけど、私には十分くらいに思えるくらい、長い時間だった。

 花形が私の名前を呼ぶ。私は自分の心臓が一段と高く跳ねたのを感じた。返事をしないまま、花形の眼を見つめた。花形は真直ぐに私を見ていた。

…」

 もう一度、花形は私の名前を呼んだ。さっきとは全然違った。ひどく切なそうに、私の名前を零した。お願いだから、そんな風に名前を呼ばないで。泣きたくなる。私はまだ、あなたを忘れきれてないの、大好きなの、だから、今、とても泣きたい。

「好きだ、

 もういいよ、やめて。嘘なんか聞きたくないよ。泣きそうなのを私はぐっと堪える。知ってるんだから、私。花形とが付き合ってることくらい。お似合いのカップルって言われてることくらい。しかも全校公認なんでしょ?高校に入ってからも連絡を取ってる、藤真が教えてくれたもの。アイツは自分のことみたいにヘコんでた。と花形、両想いだし、似合ってると思ってたのに、って残念がった。私はもういいんだ、と藤真に謝って、そして花形のことを忘れようとして、出来なくて。今さら、ほんとに今さら、なんで。花形は別れたからなのかもしれないけどさ。

「…冗談キツいよ、花形」

 私はもう涙を止められなかった。変わっちゃったね、花形。私は近付いてきた花形の腕を振り払った。

「…ごめん」
「あ、謝るなら、最初からあんなこと言わないで!」
「ごめん」
「……もういいよ、帰るから」

 そう私が言って、歩き始めれば、さっきとは逆に、花形は私のほんのすこし後ろをついて歩く。私は泣き顔を見られたくないのと、花形を見たくないので、すっかり早足になっていた。花形のバカ、バカ、バカ!もう、知らない!嘘つき!

 私の家に着いたとき、振り返れば花形も泣いていた。正直、びっくりした。

「なに、なんで花形が泣いてるの」
「…ごめん」

 さっきから花形はこれしか言わない。ごめん、その一言きり。すごく悔しかった。でも私にはもうどうでもよくなっていた。じゃあね、そう言って家のドアを開けようとしたとき、花形が“ごめん”ではない言葉を言った。

「ありがとう」

 その言葉を残して、花形は去った。私は玄関で、一人でぼろぼろと泣いた。バカ、好きだよ。私はやっぱり花形が大好きだよ。そう思いながら、乱暴に涙を手で拭った。
 時間って、どうしてこう、残酷なものなのですか。どうしてあなたは変わってしまったのですか。そう何かに問い掛けた。もしかしたら、私が変わってしまったのかもしれない。そう思ったのは、翌日、髪型を変えた三井を見たとき。

 平行線じゃないと信じて、私はその交点をまだ探し続ける。
 私の花形への気持ちは、すこしも変わらなかったから。

20080830 2周年企画リクエスト
花形じゃないと書けませんでした。