私にはすこし変わった趣味がある。それは煙草だ。吸うだけなら何ら変ではないけれど、そうじゃない。私はそれを揉みほぐす。しかもまだ吸ってもいない、真直ぐな煙草をほぐすのが好きなのだ。

 球技大会の打ち上げの席で、煙草を吸いに外へ出て行った水戸を追いかけて、「煙草を一本分けて」と話しかける。いたって普通の高校生の私が、煙を吸うのかと水戸は驚いたらしい。「お前も吸うのか?」という質問に私は「吸わないけどいる」と、何ともよく分からない答えしか言えなかった。

 水戸はポケットから緑のポールモールを取り出して、箱から一本摘み出すと、私に差し出した。私はありがとうと言ってそれを受け取る。火を貸してくれようとした水戸に、いいの、と軽く断って、私は先端をほぐし始めた。

 そんな私を見て、水戸は笑った。変なの、と言われて初めて変わってるのかもしれないと思った。煙草の本来の意味とは違うから。それ毎日やってるの?と不思議そうに水戸は私の手元を見ながら聞いてきた。

「たまにしたくなるだけ」
「じゃあ普段は煙草持ち歩いてないんだ」
「いや、こっそり持ってるよ」

 いつもは鞄の底板の下に隠して持ってるけど、今日は球技大会だったから、別の鞄で来て手持ちがないの。それを聞いて、水戸はまた不思議そうにふぅん、と相槌を打った。

 普段とは違う銘柄の煙草。横で本物の煙の匂いがする。メンソールが気持ちいい、と大きく息を吸い込めば、水戸が慌てて私を制止した。

「な、お前煙は吸わないんだろ」
「いいじゃん、別に。水戸だって吸ってるし」

 お構いなしに私は呼吸した。手元の煙草はもうすぐフィルターがほぐされようとしている。

「ポールモールか…」
「何だ、不満か?」

 ゆっくりと煙草を含んだ息を吐きながら水戸は言った。そんなことない、と私はすぐに否定する。キャスターばかりを揉みほぐしているからすこしばかり新鮮なのだ。特にメンソールが。

「水戸らしいな、と思っただけ」
「俺らしい?」
「うん。この煙草が似合ってる」

 私がそう言うと、水戸は光栄だと笑った。そうして短くなった煙草を捨てて、新しいのに火を点ける。その様子を、フィルターまで粉々にした私がぼうっと見つめていると、水戸は一口吸って、その煙草を私に差し出した。

「吸ってみる?」

 意外な言葉に驚いた。でも私はそれを受け取って、ゆっくり吸ってみる。だけど途端に咳込んだ。水戸が私の背中を擦る。

「う…煙草って……息苦しい」
「あはは。そーか?」

 私からそっと煙草を奪うと、水戸はさも美味しいかのようにそれを吸うのだ。さっきは味なんて堪能してる暇なかったから、味に関しては分からないけど。

「こっち向いて」

 水戸の言葉に横を見ると、彼はまた煙草を吸った。そしてそのまま私にキスをした。口の中に煙。ほろ苦い味が広がる。いつの間にか、水戸の手が私の肩に回っていて、そしてキスはその後何度も繰り返された。

「煙草の味はいかがでしたかな?」
「…苦い」
「じゃあ俺とのキスは?」
「…わ、かんない」
「分かんないならもう一回」

 水戸は私にまたキスをした。それはそれは、飛び切りの甘いキス。私は味を覚えてしまった。

 あの日から私は煙草を持ち歩かなくなった。けれど癖はまだ治ってはいない。だから、今日も彼に貰いにいく。あの日に覚えてしまった味が忘れられないから、今日も彼に会いにいく。私も立派な中毒者。

20080814 花道に続き、間接キスがしたかっただけです。