今日もバイトを終えて、店長にお先に上がります、と言う。いつもの日常。バイト先の制服を脱いで、学ランに着替える。下ろしてた髪も、元通りのオールバックだ。
 店を出ると、エアコンの室外機が生温い熱を吐き出していた。そこは都心の裏路地。陽も傾きかけている、夏の午後。

 欠伸をして、右ポケットに突っ込んだケータイを取り出す。真っ赤な二つ折りの携帯電話。俺はそれを開いて電源を入れる。手元が振動と共に明るくなった。そうして時計を確認すれば、丁度いい時間を示している。ゆっくりと歩き出しながら、今度は左ポケットに突っ込んだ煙草とライターを取り出して、火を点けた。<少し吸えば、先がほのかに赤く光って、たちまち俺の中にメントールの匂いが広がっていく。

 煙草は止めようと思ってたのに、が俺の吸ってる姿が好き、とか言うから、いつまで経っても止められない。バカみてぇ。何カッコつけてんだ、俺。立ち止まって、何回も自問自答してみても、結果は同じ。ただ一言、言われただけなのによ。それでもカッコつけたい俺が此処にいる。こんな理由で喫煙してるってアイツらが知ったら、なんて言うんだろう。やっぱ、笑われるんだろうな。でもそれでいい。そう思えるほど、が好きで、に好かれたいから。
 気づいたときには、半分以上が灰と化していた。俺は短くなった煙草を携帯灰皿に捨てる。

 滲む夕日も沈みきった。路地を照らすのは、小さな街灯だけ。学校へ着くと、電気が点いていたのは体育館だけだった。花道も頑張ってんのかなぁ、なんて少し思う。新しい煙草に火を点けて、校舎内に入る。教師の目を気にしながら、砂利の乗った石畳を進んでいく。下足室から教室の方を見上げれば、誰かが降りてくる人影。

「お待たせ、洋平」

 の姿が見えた途端、俺はそっと、そして強く抱きしめた。暗がりのなか、の顔を見る。

「どうしたの?洋平、何か変じゃない?」

 俺の名前を呼ぶ声も。そうやって無邪気に笑う顔も。折れそうなくらいに細いその身体も、全て、俺にはすごく眩しい存在。

「洋平?」
「いいから気にすんな。帰るぞ」

俺は煙草を銜えたまま、の頭をくしゃくしゃに撫でた。

(君は俺を照らす、ただ一つの光)

20080704 洋平はPALLMALLを吸ってるといい。勿論緑の箱のメンソールで。