それはそれは暑い日々が続いていて、難しいことは考えられないような天気。すこしくらい夕立が降ってくれてもいいのに、と日本中の誰もが思っているに違いない。夏休みも明日に迫った教室で、わたしたち生徒は心底だるそうに授業を受けている。前の席の男子が下敷きでぼんやりと生温い風を送っていると、先生からチョークが飛んでくる。間一髪避けた男子に代わり、チョークはわたしの額にクリーンヒットし、不本意な大爆笑を買った。

「見たか? のデコにチョークがヒットすんの」
「ああ見た見た。だからもういじってやんな」
「マジでマンガみたいだったぜ」
大丈夫~??」

 放課後歩いているだけでこのザマだ。どうしてくれるのだ。前の席の男子は心底謝ってきて、それはそれで申し訳なくなった(暑くて扇ぐ気持ちは分かるし、どっちかというと悪いのは全力でチョークを投げてきた先生のほうだ)。よけれなかったのはわたしが暑さに負けていたからだし。ため息をつきながらわたしは帰路につく。噂はこの数時間で結構広まっているみたいで、みんなが笑ったり、同情したり、いろんな目でわたしを見てくる。恥ずかしい。

「先公にチョーク投げられたんだって?」
「ちょ、洋平まで」

 もう勘弁してよ、と言うと桜木軍団は笑う。もう憂鬱だ。本当に全てイヤになった。何もかもこの暑さのせいだし、早く帰って寝て今日のことを忘れてしまいたかった。さっさと花道の応援にでも行けばいいじゃない、そう言ったら今日はバスケ部が休みだそうで。

「落ち込んでるをせっかく遊びに誘いにきてやったのに」
「ほんと!!」

 大楠がカラリと笑って言う。海に行きたいと騒ぐ花道の意向で、桜木軍団とわたしは一緒に近くの浜辺に行くことになった。花道がバスケ部に入ってからというものの、こうやって遊びに行くことも減ってしまったので、すごく久しぶりな気がする。浜辺はやっぱり暑くて、結構厳しい。砂浜は熱いし、日差しもキツいし、へばりそう。そんななかでもみんなははしゃいで、途中で靴と靴下を投げ出しながら、海までダッシュしてしまった。

「おーい、も来いよ!」
「無理死ぬー!」

 とにかく裸足になろうと、わたしも靴と靴下を脱いで、まずは彼らの投げ捨てた靴たちと鞄を拾い、日陰に置いた。そしたらちょっとだけ目眩がして、その場に座り込んでしまう。ああ、わたしだって海に足を浸けたいのに。目眩がおさまるのを待っていると、後ろから声がかかる。

?大丈夫か?」
「あーちょっと目眩しただけー。もうちょっと待って」
「おう、」

 洋平はそう言うと、横で鞄をがさごそやっていた。わたしはしゃがんでいたのを、完全に尻をつけて座り、目をそっと閉じていた。しばらくすると目の前が真っ暗だったのが、ぼんやり見えるようになって、洋平が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいるのが見えた。

「ほら、ポカリ。これ飲んで」

 どうやら花道のカバンからポカリの粉を取り出して、作ってくれたらしい。ありがたくいただく。半分くらい飲んだところで、ようやくくらくらするのも収まった。

「行けるか?」
「うん!大丈夫、ありがとう」
「よし、俺たちを待たせた罰として…」

 洋平はわたしの体をつかみ上げると、そのままみんなのところまで走って連れて行き、そしてあろうことかわたしをそのまま海へと放り込んだのだ。

「よっ!最高だね~」
「流石だな」

 海から顔を出すと、洋平がわたしの横で泳いでいて、悪いな、と苦笑していた。悪いで済まされるものか。これ制服なんだけど。…まあいいか、明日から夏休みだし。

「いいじゃねえか、これで今日のことも忘れられんだろ」
「すっかり忘れてたのに思い出させんなバカー!!」
「チョーククリーンヒット!」
「みんなのバカー!!」

 浜辺でびしょびしょになりながら、みんなを海に入れたり、砂団子投げ合ったり、大声で叫んだり、そんな幼稚なことをしていたけど、とても楽しくて。時々チョーク事件を言うからもう忘れられないんだけどね。そろそろ日も暮れるので、帰ることにした。みんな髪型が崩れていて、そんな姿を見るのは結構新鮮で。ずぶ濡れの制服で、まるで夕立にあったみたいだった。

「あ」

 高宮のつぶやきに、大楠もチュウも応えるように、小さく呟く。

「雨だ~!」

 花道はやけに嬉しそうに雨を喜んだ。これで家の近くも多少は涼しくなるだろうか。それにしても、降ると言ったらそれは大層な雨が降っていて、海水まみれだった私たちは、一瞬にして雨水のシャワーで流される。

「ほらな、海入ってよかっただろ」

 洋平は自分のやったことを正当化するように、笑って言うのだった。そのはにかんだ笑顔に、何故かふいに胸にくるものがあって、きっとそれは崩れた髪のせいなんだと、わたしは心に言い聞かせる。
 すこし小降りになってから、わたしたちはそれぞれ家に帰って行く。じゃあな、と声がかかり、バイバイ!と手を振って分かれる。そんなとき、どうしてだろう、今まで思ったことなかったのに、それはそれは言葉にならない感情が芽生えている。


20130828