気付けばタバコばかり吸っている。目の前の灰皿は吸い殻で溢れ返って、今にもこぼれ落ちそうだ。何をこんなに苛々しているのか分からない。いや、分かっているけど分かりたくないのだろう。
 そうして俺は、何本目なのか分からないタバコに火を点ける。

 部屋中に広がるメントールの香り。もうこの銘柄は止めようと思った。元々俺が吸っていたタバコなのに、この香りだけでを思い出してしまう。今更、アイツがどれほど大事か分かった。…なんて言葉はひどく陳腐な表現しか浮かばないけれど、実際そうなのだ。いつでも俺の隣でが笑っていることが、俺の“日常”だった。でももうそれは叶わない。泣いても、足掻いても、無駄だと知っているのに、その影を追い求めている。

――何やってんだ、俺。

 頭を掻いてみても、思考がすぐさま変わるなんてことは一向に無く。俺はバカみてぇに同じことを思い続けてる。

 指環を突き返されたんだ。もう諦めるしかねぇってのに。当たり前なんて、すぐに崩れちまうんだな。

 指環を目にして、俺は苦笑する。手元に2つあるペアリングが空しい。そうして俺の指にはまだ、その片方はめられていて。どうしても外せないんだよ。なぁ、横で笑ってた日々は、一体なんだったんだ。あの毎日はやっぱり嘘だったのかよ。、お前は俺と居て幸せだったか? 少なくとも俺は幸せだった。これに嘘はねぇよ。いつまでも、と幸せを感じたかった。そう、本当に、いつまでも。

 ここに居るのが辛くなって、俺は部屋を飛び出した。行く当てなんかなかったけど、ふらりと街を歩く。どこもかしこも俺には小さな思い出の集まった世界。歩き続けると、呼応して思い出されるのは、言うまでもなくとの日々。それでも俺は足を進める。進めるしかなかった。そして俺は偶然見つけた公衆電話に、ポケットにあった小銭から10円だけ投入した。懐かしい番号をひとつひとつ、丁寧に押す。ああ、そうだよ。名残惜しいんだ。本当は毎日掛けたいぐらい、いやずっと繋がっていたい。そう思えるほどに、愛しい。

 電話は3コールで繋がった。

「もしもし、俺だけど」
「え、」
「水戸洋平です。さんですか?」
「……はい」
「俺は今でも、お前のことが好きだぜ。……それから、色々とありがとう。じゃーな、幸せになれよ」

 微かな相槌。電話の向こうでが泣いてるのが分かった。泣かせたのは俺。そして俺も、キザな台詞を吐きながら泣きそうだった。「幸せにしてやる」じゃなくて「幸せになれよ」なんてに言うことを、いつ想像しただろう。こう見えて俺、結構未来のことまで考えてたのになぁ。俺はそっと耳元から受話器を離し、元あるべき場所へ置いた。カシャン、と音がして、それは俺との細い繋がりを断ち切った。息を吐いて、一歩踏み出そうとする。それでもやっぱり涙は出てきそうだったから、空を見上げて歩くことにした。両手をポケットに突っ込むと、小さな金属に触れる。冷たい鍵が、俺の涙を解放した。

20081004 悲恋ですみません。