5月だというのに気温はぐんぐん上がり、衣替え前の制服じゃかなり暑い。今日は金曜日、わたしは帰り道にコンビニでアイスモナカをいわゆる買い食いしていると、あー!と言う声がして、男が近づいて来た。

「あれーのりちゃん?」
、ここにいたのか」
「え、うん。暑いからアイスモナカ食べてる。半分いる?」
「くれんの?」
「いいよ」

 たまたま声を掛けてきた中学時代のクラスメイトののりちゃんは、今では番長なのだ。中学のときは人の良い奴だったのに、こういうのが高校デビューというのだろうと、わたしは思っている。でもけんかをするのは、そういうたぐいの男とばっかりだし、道ばたで会えば普通の高校生だ。
 のりちゃんはモナカを食べながら、ちょっとここで待っててと言った。暑いから店の中で待っていると言うと、彼はモナカをくわえて走って行った。あんなものくわえて走ったら、口の周りにモナカの皮がくっつくだろうなあと思って、わたしは今週のジャンプを立ち読みしながら待つ。

 ゴンゴン、と前の窓ガラスが鳴り、見ると何となく見知った顔の男が立っていた。金曜日のよれよれのジャンプを置いて、わたしは店の外へ出る。

「よう」
「よう。……?」
「俺だよ、三井」
「えっこれみつい?」
「んだよわかるだろ」
「いやわたしのしってる三井はロン毛不良だからさ」
「黙れよお前」
「……」
「ほんとに黙んなよ!」
「なんだよ三井。三井のくせに」
「お前俺のことどんだけ下に見てんの」
「割と下に」

 高2のときのクラスメイトの三井は、わたしの天敵だった。
 バスケ部のエースって聞いてた。わたしも1年のとき、練習を見に行った。バスケは上手いし、普通にかっこいいし、見ていた女子はみんな三井に憧れた。それがどうだ。

 三井は1年の途中でグレた。ケガが原因らしい。あんまり詳しいことは知らない。湘北はヤンキーのたまり場だし、あののりちゃんも番長になるくらいだし、そんなことは日常茶飯事だ。でもコイツのせいでバスケ部は雰囲気がどんどん悪くなって、ずっと窮地のままだったし、それでも木暮はいつも三井の心配をしていた。

 そうして2年で同じクラスになって、初めて会った最初の一言で、頭に血が上って三井の顎に一発くれてやってしまったことがある。おい、ノート貸せよ。そう言って突っかかってきた。まだしっかり覚えてる。そしてわたしたちは殴り合いの大げんかをしたのだ。まさかこんなおとなしそうな女が殴ってくるとは思っていなかった三井は、クリティカルヒットを受けて沈むことになる。しずかな高校生活を送っていたのに、そこから一変したのはまあいい。

 それでも三井はぜんぜん学校に来ないくせに、テスト前になると懲りずにノートをたかりに来るのだ。初対面でそんな感じだったし、そのあとも何度も。その度のりちゃんが謝りに来ていた。わたしはのりちゃんのメンツのためにノートを貸してやったのだ。だいたいどうして進級できるのだろう。出席日数足りないだろうが。

 三井は学生ずぼんに、白のTシャツを着ていて、突然短くなった髪がなんだか不思議だ。

「髪切ったの」
「…戻ることにしたんだ。バスケ部に」
「いまさら?」
「いまさらって言うなバカ」

 いまさらだ。そうに決まっている。
 赤木がどれだけ苦労していたか知っている。アイツはずっと、三井が帰ってくると信じてロッカーを処分しなかった。全国への夢を捨てずに頑張ってた。もう3年じゃない。待たせ過ぎだ。

「どうやってバスケ部戻ったの?」
「謝ったんだよ」
「誰に」
「安西先生に」
「そう」
「その前にバスケ部襲撃した」
「はあ?!」

 プライドが高くて、でもどうしようもなくて、襲撃という形でしか学校にも行けなくて。そんな三井が謝ったのだ。もっと早く謝ることができたら。三井はもっと長く高校バスケを楽しめただろう。それでも、あと一年は、部員で居られる。待っていた方も、報われるってもんだ。

「まあ、その戻れてよかったね」
「……おう。で、だな」

 頭を掻いて、三井はうつむく。

「お前にも謝る」
「はあ? なんで」
「はあ? じゃねーよ、メーワクかけたと思ってんだよ」
「あっそ。そんな一言ですむと思ってんの」
「お前も俺とけんかした仲だよなあ?」
「なんだよ差し歯折ってやろうか」
「やめろ」

 三井が差し歯であることは、多分学年全員が知っている笑い話だ。2年の宮城に敬意を表したい。

「……悪かった」
「おう」
「……それだけだ」
「じゃーわたしからひとつ」

 右手の人差し指を突き出して言うと、三井は身構える。なんだよ、早く言えよ。そう急かして、わたしの手を振り払った。

「三井誕生日おめでとう!」

 去年も思っていたのだ。誕生日だから心を入れ替えて、学校に来ないかなって。まあそんなものはただの希望でしかなくて、ことしも結局教室に三井は現れなかった。心底ざんねんに思っていたのだ。だからこんな形でも、おめでとうと言えるようになってすこしうれしい。

「え、今日何日だ?」
「5月22日だよ?」
「そっか、きょうか。……ありがとう、じゃーなんかくれ」
「今祝っただろ! さっきまで誕生日忘れてたくせに!」
「黙れよ!」
「な、っ」
「…なに赤くなってんだよ」
「わかんない、いまちょっとキュンときた」

 なんだろう。ほんとに、いま、胸のどこかがキュンとした。ときめきとはこういうものなのだろうか。いや、でも、なんでいまなんだ。


「やめろ」
、こっち向け」
「何で命令形なんだよ」

 だんだん恥ずかしくなってきて、三井の顔が見れなくなり、わたしは額に両手を当ててうつむいた。くたびれたローファーが見える。三井はもう一度、わたしをと呼ぶ。

「……またこうして話せて嬉しい」
「おう」

 なあ、こっち向けよ。やっぱり命令形で三井は言い、わたしの両手首を掴んで引き上げる。その散髪したての髪型のせいで、いつも知っていた三井の10倍さわやかな感じで、わたしの名を呼ぶ。

「キスさせて」
「なんで彼氏でもないのに三井と」
「彼氏になってやる」
「いらない」
「いいから」
「人の話を聞け!」

 三井は昔から俺様でゴーインだ。わたしの話なんていっこも聞きやしない。だからあの時も、話を聞かないから一発殴ってやったのだ。それを分かっているからか、三井はわたしの手首を掴んで離さないままだ。

「うるせー、俺はが好きなんだよ」
「いやいや、それ片思いだからね? わたし別に三井のこと何とも」
「俺の誕生日覚えてただろ」
「おじいちゃんの誕生日と同じだった。これマジな」
「…名前呼ばれてキュンとしただろ」
「それは…」
「いいからキスさせろ」
「な、バカみつ……!」

 無理矢理キスされて、あまりにも勝ち誇った笑顔をするので、なんだか無性に腹が立って、下半身に一発思い切り膝蹴りをお見舞いしてやった。三井は股間を押さえたまま、うずくまる。まあ痛いだろう。本気で蹴ったし。

「それ! わたしからの誕生日プレゼントな!」
「んだよ! テメー舐めてんのか!」
「何年待たせたと思ってんだコラ!!! バカみつい!!!」

 1年のとき一目惚れして、2年で同じクラスになって楽しみにしていた高校生活を返せこのヤロー!!わたしは弱っている三井の髪を掴み、顔を起こして、その頬に唇を落とした。

「…忘れらんねえ誕生日だわ」

20150526 20150522は金曜日でした。三井さん誕生日おめでとう