「あれー流川?」
「おう」

 高校を卒業して3日後のことだった。俺が独りストリートコートで練習していた時、アイツに偶然出会った。3月のはじめ、風はまだまだ冷たくて、彼女はその白い肌を、チェックのマフラーで隠していた。
 。俺と同じ湘北高校、俺と同じ学年。1・2年の時のクラスメート。テストの時世話になった恩人。
 どこかへ行った帰りなのだろうか。私服の彼女を見るのが珍しくて、俺は少し嬉しくなった。

「聞いたよー。行くんだね、アメリカ」
「おう。お前は…」

 ずっと好きだった。1年の頃からずっと。
 きっかけは単純で、寄ってくる女よりずっと静かで落ち着いてて、それでいて気さくだったのだ。俺を“バスケ部の流川楓”ではなく、ただのクラスメートとして接してくれた。それが新鮮だった。そして、 不意に見せる辛そうな顔が一番好きだと言ったら、アイツは怒るだろうか。

「…大学は?」
「海南大に無事合格!」
「おめでとう」
「ありがとう、流川」

 仲良くなったのは2年の時。ひたすら授業中寝ている俺に、先生どもは起こす気を失っていった高校生活2年目。赤点取って試合に出れなくなるわけにはいかず、頼るべき部活のセンパイは彩子さんだけで。でも彩子さんはキャプテン一人でいっぱいいっぱい。そんな時、ダメもとで頼んだのがだった。

 は俺に根気よく勉強を教えてくれた。無口な俺に、はずっと話しかける。そうして知った。アイツは最近男に振られた。その話をほんの少しだけ匂わせることば、それを言うときのはとびきり辛そうな顔をしていて、俺はそこから目を離せなくなる。の表情を変えさせる要因が、俺じゃない男だってことに、たまらなく嫉妬した。こんなこと誰にも言えないけど。

 少しずつ近づいた距離は、俺には本当に嬉しくて。あのどあほうには気づかれなかったが、宮城キャプテンには気づかれていてよく色々言われた。そういうキャプテンはずっと片思いをしていたし、桜木も赤木と結局くっつくことはなかったし、俺も赤木から何も言われることはなかった。そして俺も、に何も言えなかった。時々やあ、とか、おう、とか声をかけるだけの間柄だったし、がバスケ部の練習を見に来たという話は聞いたことがない。本当にただのクラスメートだったのだろう。
 3年でクラスが変わっても、俺は一途に思ってた。恋なんだとは、もうずっと前から気づいていた。いっそ言ってしまえば、楽なことは分かっていたけど、俺にはそれが出来ない。俺は卒業したら渡米する。を連れて行くことはできない。目先だけの俺の幸せに、彼女を巻き込むことは、俺はしたくなかった。

「流川、いつアメリカ行くの?」
「…明日」
「え!こんなのんびりしてていいの?」
「ちょっとヤバい」
「しょうがない、手伝ってあげるから。買うもの、まだあるんでしょ?」
「…おう」
「ほら、行くよ。さっさと歩く!」
「うぃす」

 手を引かれながら歩くと、思うんだよ。このままアメリカまでお前を連れ去れたら、って。それはきっと、俺の自己満足なのかもしれない。けど、たとえそうであっても、俺の気持ちは少しも変わらない。好きだ。が好きだ。分かってるのに。本当に、心から好きなのに。
 愛してる、と言えなくて、ごめん。

 日本での、高校生活の思い出に、今だけお前の彼氏ヅラしてもいいか?

 俺は腕を掴むその細い掌を握る。それはひどく冷たかった。驚いた顔をアイツはしていたけど、すぐに笑顔を俺に向けた。

「なに? 流川」
「かえで」
「楓って呼べってこと?」
「そう」
「はいはい。楓」
「行くぞ、

 ああ、その笑顔も、一番好きだ。

20081101→20150515 拍手修正再録