うだるような暑さが続く今年の夏。外に出るのも嫌になるくらいの陽射し。夕方になればいくらかマシになるけれど、それでも暑い。普段ならめったなことがない限り、外へ行こうなんて思わないのだけれど、今日は特別。
 夏といえば、やっぱり夏祭りでしょ!

ジンジャーボーイ、
ジンジャーガール

 神社の前でと待ち合わせ。ちょっと早く着き過ぎてしまったかもしれない。浴衣がすんなり着れたので、いてもたってもいられなくなったのだ。うちわで扇いでその場限りの涼を感じながら、暇をもてあます。今年もやっぱり人は多い。人の熱気と、屋台の熱気を、遠くからでも感じる。昼間の、あのただ暑いだけの時間より、こうやって騒いでいるほうが、夏らしくて私は好きだ。

「おまたせ、!」
ー、5分遅刻っ!何か奢ってよね」

 ごめんってばー、とが言う。そしてまぁまぁ、これでも飲んで、ってラムネを渡してきた。祭の代名詞的飲み物。毎年がくれるのだけれど。

「私、炭酸飲めない、っていつも言ってるじゃん」
「今年は飲めるかもしれないよ!ほら、飲め飲め!」

 お前は飲み屋にいるオヤジか。は毎年私にラムネを勧め、炭酸を克服させたいらしい。将来ビールが飲めないのはかわいそうだ云々。飲め飲めとまだがうるさいので、ほんの少し、口をつけてみる。舌に広がる、炭酸のシュワっとした感じと、自由になった二酸化炭素が口の中で広がって呼吸を苦しくするあの感じ。案の定、私は咳き込んでしまって、は「今年も無理だったかー」と落胆するのだった。ラムネを返すのは悪いので、帰ったら弟にでもあげようと思う。

 屋台の並びに足を向ければ、たくさんの店が並んでいる。いつものように林檎飴を舐めながら練り歩く。私もも、口の中が毒々しいくらい赤い。お互い舌をべーっと出して笑った。しばらくすると、が大声を上げた。焼きそばの屋台を指差して、「、ほら、行くよ!」と元気に私を引っ張る。何事だ、と思い近づけば、見慣れた顔。

「あ、水戸じゃない」
「おぉ、に…後ろに隠れてんのはか?」

 水戸に名前を呼ばれたは、前に立っていて、の姿が見えない私でもわかるくらいびっくりしていた。水戸のことが好きなのに、本人の前ではどうも上がってしまってだめなようだ。やっぱり恥ずかしくなったらしく、「あ、あたし、飲み物買ってくる!」と言ってどこかへ行ってしまった。私の手にはラムネ。それを見た水戸は苦笑する。

って、面白いヤツだよな」
「ごめん、おてんばで」

 私たちはあははと笑う。水戸は多分、の気持ちに気づいている。まったく、意地悪な性格だ。というか両思いのくせに。私は水戸に焼きそば2人前、と伝える。若すぎる店主はあいよ、と気前よく焼き始めた。

「そういえば、あいつらも店、手伝ってんの?」
「おう。今はちょっと買出しに行ってもらってるけど」

 何やら繁盛しているらしく、用意していた分の材料だと、後半もたないそうだ。じゃあ私達の分は後回しでいいよ、この人だかりじゃどうせもなかなか帰って来れないだろうし、と言うと、悪いな、と水戸は言って、裏へと私を促した。屋台の中に入ればすさまじい熱気。暑ィだろ、ここ。何だったらどっか回ってきてくれてもいいんだぜ?と水戸が言うけれど、私は浴衣の裾を捲り上げて、みんなが帰るまで手伝って進ぜよう、と笑った。

「それは頼もしいな」
「だろ?」

 ニヤリとお互い笑って、私は大声を張り上げる。

「へい、焼きそば2人前お待ちッス!」
「どーも、繁盛してるねー、ねぇちゃん!」
「おかげさまで!…仕方ない、サービスで箸は2膳入れとくよ!」
「あはは、そりゃサービスじゃねーだろ!」

 旨かったらまた来てやるよ!とオジサンはにこやかに去っていった。毎度!と私も叫ぶ。それに呼応して別のお客さんが話しかけてくる。…私は何故か、こういう客商売に向いているらしい。実は去年も手伝ったことがある。そのときは桜木と2人で接客して、アイツが金の計算できることに驚いたっけ。ちょっとした桜木の気遣いにときめいたのは、紛れもない事実だった。今も、すこし、期待してたりするんだけど、流石に今年はバスケ部の部員だし、いないよな。心の邪念を取り払うように、私は道行く人に声を掛けていた。

「洋平ー! 戻ったぞー!!」

 高宮の声が後ろから響いた。あれ、、また今年も居んの?と大楠が笑う。その後ろには荷物をいっぱい持たされた野間が、(大方、ジャンケンで負けたんだろう、)ぜーはーと荒い息をして立っていた。おーお疲れさん。疲れてるとこ悪いけど、そろそろ交代してくんね?と汗だくの水戸がコテを上げながら3人に言う。少しだけ、期待が外れて残念に思ったのは内緒。

「俺達に任せろ!」

 大楠が意気揚々と鉄板に向かう。こう見えて、大楠はなかなか料理が上手いのだ。調理実習で、大楠が参加していたことにもびっくりしたけど(てっきりサボるもんだと思ってた)、彼は男子でただ一人、テキパキと動いていたのでびっくりした。ほら今も、フラフラの野間に指示を出してる。休憩になったはずの水戸は、4人前の焼きそばを、2人前ずつの袋にして分けている。

 水戸と一緒に、浴衣の裾を直しながら、暑かった屋台を出ると、飲み物を買いに行ったまま帰ってこなかったがいた。あー…もしかして誤解されてそうだな、そういう視線を水戸に投げかければ、先程詰めていた袋を1つ、私に渡してきた。そして、温くなったラムネの壜を奪われる。そのときだった。

「すまーん! ようへー!」

 猛ダッシュでビニール袋を提げた桜木が走ってきた。水戸の前で止まった桜木は、「お、ラムネ!」と水戸からひったくってそれを飲む。びっくりしている私に向かって、こっそり水戸はウインクしてくる。

「花道、それの飲みかけだったんだぜ」

 飲み終えた桜木に向かって言えば、桜木はビニール袋をずどんとその場に落とした。目を見開いて、「な、なぬ?」と私を見て焦っている。私もものすごく焦ってる。おい、、と水戸から声が掛かり、な、なに?と必死に声を捻り出せば、ちょっくら借りるけど、いいよな?とあっさり言った。の気持ちも考えて、うんもちろん、と言ってみるものの、この状況を解決できる策は私には思いつかない。

「あ、あとその焼きそばはサービスな」
「サンキュ」

 但し、と指を1本立てて水戸は歯を出して笑う。

「紅ショウガは入ってねぇから」

 え? どういうこと?と聞き返せば、今度は親指を立てて、桜木の方を差す。

「コイツで十分だろ」

 そこには真っ赤な顔の桜木が立っていて、紅ショウガってこういうことか、と理解したときには水戸との姿はなかった。
 取り残された私たち。
 どうしたらいいか、分からなくて、私はどきまぎしている。微妙に空いた2人の距離。それを埋めるように、桜木が近づいてくる。

「え、えっと…、」

 さらに顔を赤くした桜木が、「その浴衣、似合ってる」と言うもんだから、私は同じように顔を赤くして、「ありがとう」、と言うしかなかった。そしたら桜木はもう一度、と私の名を呼んで、「そんな格好で出歩くな」とつぶやく。え?と桜木の顔を見上げれば、浴衣を崩さないように、そっと抱きしめてきて、「…誰にも見せたくねぇ」と耳元で囁くのだ。

 嬉しいのと、恥ずかしいのと、暑いのでくらくらする。思わず桜木の服を掴んだ。大丈夫なのか?と顔を覗き込まれれば、恥ずかしくて桜木の胸に顔を埋めた。そうすると桜木は腕を緩めて、さっき落としていたビニール袋からレモン水を取り出すと、飲んだほうがいい、と渡してきた。私は軽い脱水症状のようだ。あの暑い屋台が原因。ありがたく、そのペットボトルを飲み干したとき、ぼそっと桜木が「俺の飲みかけだけどよ」と言うもんだから、せっかく赤みが引いた顔がまた赤くなる。

「あーもう、めんどくせぇ、、好きだ!」

 乱暴にペットボトルを投げ捨てて、けれど私を優しく抱きしめて、最後には本当の桜木とキス。
 そのキスは、どこか懐かしいような、甘くやさしい味がした。

 唇が離れて、桜木に私も好きだよ、と言えば、「お、おう」と思いっきり照れている。さっきまでの威勢はどこへやら。でもそんな桜木が好きだから。

…手。」

 それだけ言って、桜木は自分の左手を差し出す。私はぎゅっとその大きな手を握った。私のとは比べものにならないくらい大きな、桜木の手。「や、焼きそば、あっちで食おうぜ」という桜木に、私はうんと答える。歩き出しながら、まだ少しくらくらする頭で、この幸せを噛みしめながら、水戸になんかお礼しなきゃ、と思った。

20080725  あれ、洋平出しゃばってます?