部活の終わりが8時になってしまった。学校を出たのが8時15分とかそんなところ。もう道なんか真っ暗になっている。うす気味悪いなぁ。そう思って、小腹も空いたし、ちょっとコンビニに寄ることにした。ちょっぴり鳴るおなかの音が、どうか聞こえませんようにと祈りつつ、近くのよく行くコンビニへ入る。いらっしゃいませぇ、とダルそうな若い店員が、掃除しながら私に向かって挨拶してきた。私は黄緑色のパッケージの、ドリンクみたいなゼリーと、同じようなアルミパウチのこんにゃくゼリーをもう1つ手に取った。ダイエットしてるわけじゃないけど、ゼリーがおいしいからついつい買ってしまう。レジには少し中年のおじさんが入っていて、慣れた手つきで会計を済ませた。

 来たときには気づかなかったのだけれど、ここのコンビニは昼間は普通の客ばかりなのに、夜はいわゆる“不良”という人たちのたまり場らしい。店内も怖そうなお兄さんがちらほら、さっき掃除していた店員も、舌打ちしたりガン飛ばしたり、めちゃくちゃ怖い。何よ、ちゃんとした客だっての、私。この袋が目に入らぬか。と、言いたいところだけど、高校生の非力な私にはそんな度胸はない。そそくさと逃げるようにしてコンビニを出る。一応、後ろから2人の店員がありがとやっしたー、と声を出していた。

 一刻も早く家に帰ろう、そう思ってドアから出た途端、目の前には私と同じくらいの(もしかしたら上なのか、いや下なのか、分かんないけど)お兄さんたちがいっぱい居て、私が出てくると、リーダー格と思われる人が、くちゃくちゃガムを噛みながら私に近づいてきた。

「よォ姉ちゃん、こんな時間に出歩いてちゃアブネーぜ?」

 一言ソイツが言えば、周りの奴らもそうだそうだ、とバカ笑いした。ニタニタした顔で、こっちを見ている。彼らが手に着けている、銀色のリングやベルトが、ぎらぎらと蛍光灯を跳ね返す。ただ、リーダー格のヤツのアクセサリーはひどくくすんでいた。右手に見えるスカルリングは、きっと血で汚れている。そんな恐ろしいが思い浮かんで、背筋が寒くなった。

「おねーちゃん、俺たちとイイコトしない?」

 イイコト、というところにアクセントをつけて、男は発声した。目の前のヤツは左手を私の方へ伸ばしてくる。周りも、取り巻きの男たちに囲まれてしまって、逃げられない。仮に逃げられたとしても、コイツらはバイクを持ってるだろうから意味ないだろう。コンビニの店員の助けも全然期待できない。怖くて、緊張して、心臓バクバク言ってる。襲われる、と分かったから。殴られるのか、強姦されるのか。ああ、体が硬直してる。やばい。ガタガタ震える私に男の手が届きそうだ。その時、左前方の方から、男たちの一部が逃げる足音がした。

「ア、アニキ! う、うしろ!」
「あ? 何だってんだよ。俺はここらを取りまとめる天下の…!!」

 そこまで言うとリーダー格の男は一瞬にして顔を青くした。取り巻きたちも青ざめて、ザッと離れていった。私の前方から、ゆっくりした足取りで歩いてくるのは、いかにも“不良”といった感じの、長髪の男だった。その男は銜えていたタバコを路上に捨てて、足でもみ消した。そうしてまた一歩ずつ、こちらに向かってくる。周りにいる男たちがひそひそと話し始めた。

「…てつお、鉄男さんだ…!」
「だ、誰だよ、鉄男って!」
「お前知らねぇのか?“ケンカのプロ”なんだよ、あの人」

 ケンカのプロ…そう聞いて私も青くなった。どう見てもあの男は「ケンカ」で済まされるレベルじゃないだろう。がっちりした身体は、回りの男たちと比べ物にならない。ああ今日はなんて人たちに会う日なのだ。不良というのは同じクラスの三井だけで十分だって。リーダー格の男は、私に向かって伸ばしていた手を引っ込めて、その鉄男とかいう男からずるずると後ずさりをしている。あんなに自信満々だったのに、一変して顔色を変えるほどの男。そんなヤツが近づいてくる。私も逃げたいけど、足がすくんで動いてはくれない。

「お前ら…何してんだ?」

 その一言で、私の周りを囲んでいた男たちはすんませんでした!と逃げ去った。助かった、という思いもあるけど、この鉄男という人も何をするか分からない。見るからにヤンキー。三井みたいななりきりヤンキーとは違う。これ三井に言ったら殺されるな、と思うけど、その前に私がここで死んでしまいそう。ああ、もう、動け、足!

「…お前、アイツらに何もされなかったか?」

 鉄男は私を心配していた。とにかくそのことにびっくりして、また硬い体が固まってしまった。

「俺が怖いか?」

 そう笑う鉄男。うん、とも、ううん、とも、言えず、首を動かすことも出来なかった。とにかく身体が動かない。それを見た鉄男はちょっと待ってろよ、とコンビニに入ってしまった。待ってろ、と言われて待つ義理はないのだけれど、身体が動かないことには何も出来ない。自分で逃げるチャンスを潰してしまった。それでもさっきの恐怖からは逃れられなくて、とにかく怖かった。すごく震えてるのが自分でも分かった。

「ほら、やるよ」

 そういって鉄男は、私に温かい缶のミルクティを差し出した。受け取らないわけにはいかない気がするので、恐る恐る手を広げると、そっと手渡してきた。鉄男は自分の缶コーヒーのプルタブを開け、ごくりと中身を飲み干す。私はただ、受け取ったミルクティを持ったまま、震えることしか出来なかった。

「…泣くなよ」

 空になったコーヒーの缶を捨てて、私の方を振り返った鉄男にそう言われた。顔に手をやってみると、本当に濡れていた。自覚は一切なかった。私は鞄と、ゼリーの入った袋を震える手で地面に置いて、震える掌で涙を拭った。

「だから泣くなって」

 そっと鉄男の左手が私に伸びる。さっきと同じ。怖いのだけれど、怖くて避けれない。もう終わりだ、と思ってぎゅっと目を瞑った。そしたらその大きな左手が、私の頭をすっぽり覆って、親指で私の涙を拭うのだ。目を開けば、困惑した鉄男の顔。なんでそんなことするの、という目で鉄男を見上げれば、また「俺が怖いか」と聞いてきた。そしたら今度は私の反応を見る前に、右腕が背中に回ってきて、私の身体に巻きついた。頭を覆っていた左手は、腕が頭を覆うように移動した。そして。顔をぎゅっと押してくる。鉄男から、タバコと香水の匂いがした。なに、どうなってるの。もうよく分からないことばかりで、怖くて震えてる私の右耳に、鉄男が小さな声を流し込む。

「別のグループが来た。このまま俺が誤魔化すがいいか、俺から離れるかは、お前の自由だ」

 まだお前の顔はばれちゃいねぇ。その言葉で、何故鉄男が私の顔をぎゅっと押さえてるのかという理由がわかった。そして私のことを、本当に守ってくれてたんだ、という確証が出来た。どうする?と鉄男が聞いてくるので、震えながらも私は鉄男の身体に腕を回した。そしたら鉄男は大人しく黙ってろよ、とまたぎゅっと抱きしめるのだった。

「おめぇは…鉄男じゃねーか。ナニしてんだよ、こんなところで」
「ヒュー! アツいねぇー!」

どうやら何人かいるらしい。そして鉄男は有名人らしい。

「どんなコなんだよ? ちょっと顔、見せてくれよ」

 聞こえた言葉で私は鉄男にぎゅうとしがみついた。怖い。怖いよ、鉄男。

「悪いがコイツはちょっとシャイなんだよ。散れよ」
「チッ、冷てぇな、鉄男」
「いいから行けよ」

 じゃーな鉄男、今度紹介しろよ、と捨て台詞を吐いて、彼らは帰っていった。本当に何者なんだ、この鉄男って人は。バイクが走り去る音が完全に消えたところで、もう大丈夫だ、と鉄男が腕の力を緩めた。私も鉄男から手を話した。あまりにも怖いことを体験しすぎて、もう頭が混乱して、何が何だか分からない。放心状態の私。でも震えは止まっていた。

 気づいたら鉄男はバイクをこちらに持ってきていた。そして私に向かって送ってやるから乗れ、と言う。助けたのを口実にどこかへ連れて行かれるのではないかという思いが頭を過ぎって、一歩引いてしまった。せっかく動けるようになったのに。それをみた鉄男は「やっぱり俺が怖いんだな」と、質問ではなく肯定して言った。そして鉄男はずんずん近づいてきて、逃げようと思うのに、大事なときに動かない私の足のせいで、その腕に捕まった。鉄男はいとも簡単に私を担ぐと、バイクのシートに乗せた。私の荷物を拾って持たせてくる。

「バイク押して歩くから、どっかに連れ去ったりはしねぇよ」

 そう鉄男は笑うのだった。バレているのか。でもまあいいか、事実だ。鉄男はフルフェイスのヘルメットを私に強引に被せる。なんで?という意味を込めて彼の方を向けば、「顔、バレたくねぇだろ」と言うのだ。私が遅れながらうん、とうなづくと、上等、とヘルメット越しに頭を2回、ぽんぽんと叩いた。

 ごろごろとバイクを押して、角に来るたび「右?左?」という短い質問に、私はほんのちいさな声で「み、みぎ」とか「ひだり」とか答えた。何だかよく分からないけど、緊張した。私は鉄男と、ずっと手にあるミルクティを見比べる。

 あと家まで15mといったところで、鉄男は私をバイクから降ろした。私からヘルメットを取る。

「まだ泣いてんのかよ」

 鉄男は苦笑した。見上げれば、また抱きしめられる。泣くな、と一言鉄男が言えば、私の耳は鉄男の声でいっぱいになった。

「今日は怖い思い、いっぱいさせちまったな」
「これからは夜遅くに出歩くなよ」

 そう言って、私から離れようとする。私は鉄男の身体に腕を回して、それを阻止した。戸惑う鉄男に、私はもっと力を込めてしがみついた。鉄男の全てを信用したわけじゃないけど、今このまま別れたら、二度と会えない気がした。また会いたいと思った。怖いくせに、抱きしめられたいと思った。腕の中にいるときが、一番安心したから。守ってくれるって、わかったから。鉄男は私の頭の上に自分の顎を乗せて、話す。

「お前、また明日もあんな時間に帰るのか?」
「うん」
「彼氏はいないのか?」
「うん」
「即答か。………しょうがねぇ、心配だから迎えに行ってやるよ」

 但し、俺を見ても逃げるなよ、と鉄男は苦笑する。私は迎えに来てくれることが嬉しいと思った。そしたら私はいつの間にか笑ってたみたいで、鉄男は「お前は笑ってたほうがいい」と言う。

「じゃあ、また明日」
「うん、また、あした」

 ヘルメットを被らずに、鉄男がバイクで去っていった。その姿が見えなくなるまで、私は鉄男を見送った。それが私と鉄男の出会いで、これが恋だと気づくのは、もう少し後の話。

20080726 鉄男フィーバーで書きました。ゼリーが出しゃばってるのは私が今ハマっているからです。特に意味はない。