おーいあらいー、と声をかけると、荒井はおう、と小さく手を揚げた。
 相変わらずテニス部は厳しい練習を積んでいるようで、レギュラー外の彼らも一緒に校庭を走る。わたしはそれを横目で見ながら、生徒会室から手を振っているのだった。

 手塚先輩は腕の治療のためにどこかへ行ったり、まあ勿論あのテニス部で部長もやっているわけで、生徒会が二の次になるのは当たり前だとわたしは思う。結局最後はなんでもやってくれるし、それまでの準備は我々生徒会メンバーが頑張ればそれでいいのだ。今日も生徒会室で、色々と雑務に追われている。正直なことをいうと、手塚先輩が同じ部屋にいると、威圧感で緊張するから、今はある意味快適に作業している気がする。

 荒井は頑張り屋さんだ。ちょっとガキくさいところもあるから、最初は越前のことを生意気に思っていたけど、地区大会や都大会と勝ち進むにつれ、その存在をしっかり認めている。あいつは負けず嫌いで(勿論海堂には負けるけど)、周りのやつらのことをしっかり見ているから、てっきりわたしは荒井が次期部長になると信じて疑わなかった。たぶん本人もそう。

 テニス部が練習を終えるころを見計らって、わたしは帰宅する準備をする。手塚先輩はこのあと資料のチェックをするので、お邪魔しないように帰ることにしている。部屋を出ると、ちょうどジャージ姿の会長がそこに居て、お疲れさまです、と軽く挨拶してその場を立ち去る。靴箱に行くと荒井がいた。

「よ、、帰ろうぜ」

 たまにこうして一緒に帰る。はじめは桃がからかってきたけど、いつからか冷やかさなくなった。荒井はすでに学ランに着替えていた。
 ゆっくり歩きながら、荒井と世間話をする。最近の青学はどうだとか、今度のテストがどうだとか、クラスの誰かと誰かが付き合っているとか、そんなほんとに他愛のない話を、たくさんするのだ。そして突然、荒井はこう切り出す。

「なあ、俺、テニス部向いてないのかな」

 そんなことないよ、と言えば、荒井の足並みは止まり、振り返ると男泣きしていた。男は不安だったのだ。わんわん泣いていた。わたしがハンカチを差し出すと、そのままその腕を掴んで、わたしにしがみ付いて泣いた。荒井の鼓動が聞こえて、わたしまで切なくなってきた。それでもわたしは大丈夫だよ、手塚先輩のことだから、きっと何か考えがあるんだよ、って言い聞かせて、荒井に話しかけ続けた。

「…すまん、もう、大丈夫だ、…ありがとう、

 よかった、それならいいけど、と言い、顔を見上げれば、わたしの身体に伝わる荒井の鼓動が速くなった。荒井、顔真っ赤だよ、と言えば、また顔をうずめてきた。大丈夫か大丈夫じゃないのかどっちなんだこの男は。

 次の日も、テニス部は相変わらず厳しい練習をしていた。
 おーいあらいー、と声をかければ、やけに元気におう!と手を挙げてきた。昨日泣いてすっきりしたんだろう、明らかに元気になっていた。よかった、と思い、わたしは生徒会の作業に戻る。しばらくすると、手塚先輩がジャージ姿で現れた。どうしたのですか、と聞けば、お前に話があると指名されてしまった。何かミスったのだろうかと不安になる。ついてこい、と言われたので、おとなしくグラウンドまで出てきた。

「荒井のことを気にかけれくれたようだな」
「え、ああ、はい、まあ」
「あいつに足りないのは、今は向上心、だな。別の言葉にするなら下剋上精神、といったところか。だから部長に選ばなかった。俺は青学に勝ってほしいからな」
「…何故それをわたしに?」
「お前には話しておいたほうがよさそうだったからな。とにかく、ありがとう」
「いえ、礼には…」
「気にするな、ただの気まぐれだからな」

 今日も資料頼む、と言い残し、手塚先輩は私の頭を叩いてテニスコートへ戻って行った。地味に痛かった。私はなんだかよくわからないまま、ともかく怒られてはなくてむしろ褒められている、と脳内整理をし、生徒会室へ戻った。

 いつものように帰ろうとしたら、今日も荒井のお出迎えがあった。2日連続とは珍しい。そして、冷やかし軍団が近くにいるのもなんとなく分かった。

「…帰ろうぜ」

 今日はやけにムスっとした顔をしているので、え?って顔をしていたら、いいから早く!と腕を掴まれ、強引な感じで連れだされた。適当なところまでくると、ようやく腕を離してくれた。そこを見れば赤く痕がついている。

「すまん、そんなに強く握ってたか…?」
「すぐ消えるし、気にしないでいいよ、それよりどうしたの、今日の荒井、なんかおかしいよ」
「…うるせえ」

 テニス部で鍛えた力に太刀打ちできるわけがない。わたしは荒井の腕の中に捕捉され、キスをされた。一瞬の出来事で、わたしはぽかーんとしてしまった。

「なにぽかーんってしてんだよ、、」
「え、いや、だって、…え?」
「…お前、今日手塚部長に何されてたんだよ」
「何って、ああ、グラウンドでのやつ?別にただ話してただけで」
「あたま撫でられてただろうが!」
「な、ちが、あれ殴られたに近い!痛かった!よくわかんなかったし!」
「殴られた?さらにタチ悪ィだろうが!」

 いやだから何もなかった、ってわたしは何を荒井に弁解しているんだか。そしたら荒井はぎゅっと抱きしめている腕の力をさらに強くした。また荒井の鼓動が聞こえる。

「…俺の心臓の音、聞こえんだろ」
「うん」
「…速いか?」
「うん」
「…ドキドキしてるからだよ」
「何に?」
「こんなときにお前ボケんのやめろよ」
「いやドキドキしてるから心臓って動いてるんじゃないの」
「(しまったこいつ天然か)」
「あらいー?」
「うるせえ、俺はお前のことが好きなんだよ、いい加減気がつけよ!」

 え?って思った瞬間、いや荒井がその言葉を言った瞬間、どこから沸いてきたのか青学テニス部がわらわらと現れ、「荒井おめでとー!」だの「やるじゃん」だの、わーわー騒ぐ声がするのだ。え、いやあの、これ、え、どういうことなんだろう。

「ねえ荒井さん、これ」

 荒井自身もびっくりしていた。

 次の日、またいつものようにテニス部の練習を眺めると、部員がみんなこっちを向いているような錯覚を覚える。荒井を見つけて、おーい、って叫ぼうと思ったけど、なんとなく憚られる。だけど習慣だし叫んでみた。おーい、あらいー!
 するとどうだろう、周りの部員が、荒井にいっぱいちょっかいを出していた。こら桃!荒井のズボンを下げるんじゃない!

だけどそれ以上に幸せな気持ちがする。
(わたしも荒井のことがすきだよ)(おう、知ってる)

20120129 青学で一番最初に好きになったのは荒井でした
20120224 UP
いまでは空気ですが、きっとあらやんは頑張っていると思います。
部長が荒井だと信じていた人はきっとどこかにもいるはずですよね!そうだきっと!あれわたしだけ?
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