「おやかたー!? 空からおとこのこがー!!」
「俺は親方じゃねえよバカ」
「ツッコむとこそこちゃうわ!」

 放課後のテニスコートに、ふわふわと落ちてきたのは2年生レギュラーの日吉だった。まるっきりラ○ュタでびっくりした。さっきまでテニスをしていたはずなのに、摩訶不思議なことに宙に浮いている。さらさらの髪をなびかせて降りてくるわたしのシータ。いやワカーシ。第一発見者のわたしは急いで、落下予測地点へとひた走る。ぜえぜえ言いながらも、ぎりぎり間に合って、何とか日吉を受け止めた。彼の胸にはあの有名な飛行石が浮いている。全くどういうことなのか。

「ひよし!ひよし!」
「おい、どういうことだ誰か説明しろ」
「日吉渾身のマジックショーってとこや」

 跡部と忍足もこのマジックショー(?)の詳細は知らないようだ。もちろんわたしも知らない。どうやら氷帝のお金持ちたちの余興ではないらしい。一体どういう仕組みなのか、はたまたこのコはラ○ュタの継承者…そんな詮索をしてみても、答えは分からず、ただ日吉は目を覚まさない。こんな意味のわからないことで死んだりしたら困る。わたしは必死に呼びかけて、日吉のほっぺたをぱしぱし叩き続けた。ちょっと赤くなってきてかわいそうだったけど、心配なのだ。お願いだ、目を覚ますんだ日吉!

「…なに集まってるんですか」
「日吉!!気がついた!」
「俺は一体…?」
「空から降ってきたんや」
「はあ?」

 オカルトは好きでも忍足の言うことは信じないだろう(「おいそれどういうことか言うてみ」)。あまりにも突然の出来事で記録しようとした人は周りにいなくて、日吉が空から降ってきたことを説明しても、彼は一切理解を示さなかった。

「信じられる訳ないでしょう。ジブリの見過ぎです」
「じゃあその飛行石は何?」
「…わかりません」

 謎は何一つ解明されないまま。この不可思議な現象を誰も説明することが出来ない。段々、みんな白けて日吉のそばを離れていった。

「まあとりあえず今日は帰れ、日吉」
「は、はあ」
「何で俺の話は信じてくれんねやろ…」
「それは日頃の行いです」
「ひどいわ日吉」
「自業自得じゃねーか忍足」

 みんなが日吉のそばを離れていくなか、わたしはまだその場にいた。

「…いい加減、握ってる手、話してくれませんか先輩」
「わあ、ごめん」
「なに泣いてるんですか」
「いやそのびっくりして」

 日吉が目を覚まさないその数分間が、わたしには何十分、何時間という時間に感じられて。だから、その視線がわたしを捉えた瞬間、安心して泣いてしまったのだ。

「さっきいっぱいほっぺた叩いちゃった。ごめんね」
「いいですよ、気にしませんから」
「結構赤いよ」
「容赦ないですね」
「だって、ほんとに意識なかったんだもん…」

 冷たい返答がまた、日吉と話している実感をくれる。なんてドMなんだって自分でも思うけど。それでも、いいのだ。困った顔をして日吉がこちらを向いている。いい加減、わたしも泣き止まなきゃ。

「ありがとう、ございます」
「え、?」
「それ、俺のために泣いてくれてるんですよね」

 立ち上がった日吉は、わたしに手を差し伸べてきた。その手を握り返すと、ぐいと引っ張られて立たされる。どこから持ってきたのか分からないその飛行石をわたしの首にかけると、普段見せたことのない笑顔を見せた。

「笑ってください。俺が泣かしたんだったら、なおさら」

20121229 友人が「空から日吉降ってこないかなあ」とつぶやいていたので笑。
20190825 ちょっと加筆