私のクラスには、いろんな意味で「スゲェ」ヤツがいる。
ほら、今日もまた。


「だーかーら! この俺様が早口っ言葉でぇ〜 相手してやろう!って言ってんじゃん?」
「・・・・・・・」
「なに? お前逃げんの? やらずに逃げるの? あ??」


そいつの名前は九鬼貴一。
これでも一応テニス部部長。
そのくせ普段は学校中で、誰かれ構わず話しかけ、出会った人と勝負する。
種目は勿論早口言葉。
校内で九鬼を知らないヤツはいない。だって目立つしうるさいもの。彼自身は「俺様は人気者〜!」とか思ってるみたい。

…ま、私には関係ないことだ。
今か今かと待ちわびた、終業チャイムを聞けば、生徒たちは一斉に教室を飛び出していく。
絶賛帰宅部な私は、その波が少し落ち着いてから、ゆっくり帰宅する。
その方が電車が空いてるし、あと、活動中の部活が見れて楽しいから。

今日もいつもの時間に帰ろうとして、グラウンドを横断していた。
みんな頑張ってるなー、と他人事な考えを浮かべ、次の電車の時間は何分だっけ?と逆算する。
その時、クラスメイトのくんが走り寄ってきた。

くん、お疲れ」
「あ!!ちょ、お願いがあるんだけど!」
「え?何?どうしたの」
「柿ノ木テニス部を助けてください」

痛く真剣に言うくんに、正直焦る私。
一体どうしたというのだ。…九鬼の早口対決なら勘弁してほしいのだけど。


「部長が練習試合中にコケて…そんでケガをみてほしいんだけど」


柿ノ木テニス部にはマネージャーさんがいない。それで彼は焦っていたようだ。
そのくらいならいいよ、と言って彼についていく。
救急箱を借りて、向かうのは九鬼の元。
だけどくんに指差された先には、一際落ち込んでいる人影しかなかった。



「九鬼?」

恐る恐る、九鬼に近づく。
あーあ、まあ盛大に膝をすりむいちゃって。痛そうだ。
かくいうご本人はただただ、ぐずぐず泣いているだけ。私は九鬼の横へ座り、そっと話しかけた。

「ほら、傷見せて?」
「う、うっ… イヤだ…っ」
「…別に私は構わないけど。痛いのは九鬼だよ?ほら見せなさい」

ちょっとキツく言ったら、九鬼は簡単に折れた。
赤くなった傷口に、消毒薬を吹きかければ、ぎゃあ!と喚く…と思ったら案外静かに耐えていた。唇を、ぎゅっと結んで。
ガーゼをあてて、テープで止める。はい、終わったよ。それでも九鬼は泣きやまない。

「…なんかあったの?」

聞いても答えない。いや、答えられないんだと思う。
プライドが高い九鬼のことだもの。負けたのが、やっぱり悔しいんだね。
なんだか可哀相に思えて、そしてなんだか可愛く思えて、私はそっと九鬼の頭を撫でる。
聞こえる嗚咽の中から、ぽろぽろと、言葉がこぼれる。

「…お、俺はっ、この、ガッコ…のっ、テニス部の、部長でっ……」




勝てなくても、でもっ、でもっ…もうちょっと、あとちょっとだけでいいからっ、テニスが、…、テニス、テニスがしたかった…




うわあああっ、と九鬼が私にしがみ付いて、泣き叫んだ。
他の誰も、分かってくれないのかもしれないけど、私は、私だけは、九鬼の努力を認めてあげよう。
不器用だから、明るく振る舞うことしか、出来なかったんだよね。
部長だからしっかりしなきゃ、って、柄じゃないのに頑張ってたんだよね。
………こう見えて、3年間、テニス部を蔭から見てきたんだもの。知ってるよ。

その茶色の髪を撫でながら、私はそっと、九鬼の髪に唇を落とした。






SUBTERRANEAN



ROMANCE







20090719 九鬼が可愛くて大好きです