「雨やねえー」
「やなあー」
「肌寒いねー」
「そうか?くっついたろか?」
「いらんわ!はよ帰れ!」

 わたしの小さな家に上がり込んだのは、現在四天宝寺中で教師をしている(らしい)渡邊オサムである。わたしとの関係性というと、ただの同級生である。大学生のときは、毎日寝坊で1限には絶対来ず、授業中もよく寝ていて、落第しそうになっていたので、多少は助けてあげた。恩は売っている。どっちかというと、わたしを助けてくれるのが筋ってもんじゃないのか。
 雨のなか帰宅して、びしょびしょになったのでお風呂に入り、パジャマに着替えて、晩ご飯を作っていたらインターホンが鳴った。玄関の画像を確認したらオサムがびしょびしょで立っていて、居留守を使っていたらドアを何度も叩かれた。"居るのは分かってるんや、晩飯のにおい漏れてるねん!"そう騒ぎ立てられて、仕方なく家に上げたらこのザマである。勝手にくつろぐな!

「ほらタオル」
「ありがとーちゃん、流石俺の天使」
「もう貴様に授けるノートはないぞ」
「そんなこと言わずに!」

 オサムは我が物顔で、わたしの部屋に荷物を置き、濡れた服を干していく。そして「ほな風呂借りるわ!」と言い残し、颯爽と脱衣所へ入って行った。

「な、ちょっと!」
「ええやんええやん、あ、パンツ乾かすんに乾燥機借りるで」

 ばたん。オサムはドアを閉めた。乾燥機の動作音も聞こえる。ため息しか出ない。ここはお前の家でも彼女の家でもねえ。わたしはオサムなんて見なかったことにして、晩ご飯の続きを作ることに決めた。
 しかしながら野菜を切っても、肉を切っても、この不可思議な状況が腑に落ちない。なぜオサムはわたしの家を知っているのだ。大学生の頃の下宿とは全然違うところに住んでるのに。しかも四天宝寺からここまでだいぶ遠いんだが。一体何をしていたのだろう。元々オサムは何をしているのかよくわからない奴だが、本日の行動は非常に不可解であった。
 そんなこんなで本日の晩ご飯は酢豚である。

「おっうまそう」
「オサムせんせい、晩飯まで食って帰るんですか」
ありがとう、俺のためにメシまで作ってくれて…感激や!」
「黙れはよ帰れ」
「まだコートと帽子乾いてへん」
「知るか!!」

 ご飯食べたら帰ってくれる?とこちらが折れると、おう!と元気よく返事したオサム。(明日四天宝寺にクレーム入れたんねん…!)
 しゃーなしでご飯を用意してあげ、熱い茶まで淹れてあげた。何て優しいわたし。オサムは図々しくもおかわりを2杯もして、満面の笑みで食べていた。まあご飯を美味しく食べることに罪はないので、わたしも一緒に食べた。
米粒ひとつも残さず、オサムは晩ご飯を食べきり、非常に満足している様子だったので、わたしはようやく本題に入る。

「で、オサムは何でわたしの家に?」
「えっ、いや、その、あっ11時半やん!テレビ見して!」

 突然テレビを付け、つまらない深夜ドラマを見出す男。何かを隠していることはバレバレだった。目が泳ぎ過ぎ。課題を忘れたときの姿にそっくりだ。適当な言い訳が上手かったが、苦手な教授の前では、こんな風に挙動不審になっていた。…こんなだらけた人間が中学校の先生をしているなんて、いまだに信じられない。生徒が心配だ(色んな意味で)。

「…もういーよ、好きにしなよ、わたし寝るから。そこのリビング好きに使って」
「な、ちょっとだけ待って!あと30分やから!」
「はあ?」

 あと30分が何なのだ。はっきり言って寝たい。風呂も入ったし、パジャマだし、メシも食ったし、寝る準備は万全なのだ。寝かせてくれ。そう言っても、オサムは30分や!と駄々を捏ねるばかりで、わたしをリビングに居させようとする。仕方なく、彼の向かい側に座った。

「オサムちゃん、何なの?いやがらせ?」
「ちゃう!そんなんちゃうねん!」
「じゃあ何でうちの家知ってるのか教えて」
「そ、それは…」
でしょ?」
「そうです…」

 わたしのこの家を知っている、大学の友達はしかいないはず。オサムが聞くなら彼女しか居ないと踏んだのだ。彼女がすきなのだろうか。恋の相談をするためにわたしの家を聞いて、おしかけてくるとは。何てめんどくさい男。話を聞いて、適当にアドバイスするからさっさ帰ってもらいたい。

のことで相談?聞くけど?」
「ち、違うねん、には相談乗ってもらってて…」
「はあ?」

 本日二度目の「はあ?」を出してしまった。来たときの図々しい姿とは正反対のようなしょんぼりした顔。さっぱり意味が分からない。そうこうしているうちに、時間はあと15分。ドラマは相変わらず、話が進んでいない。同じ箇所を何度も堂々巡りしている。

「実はにどうしても会いたかったんや」

 唐突なことばに、眠いわたしは反応が鈍くなる。はあそれで?そう返せば、オサムは冷たい反応やなあとこぼした。

「別に会いたいならいつでも会えるやん」
「そういう意味やなくて…」

 オサムは突然立ち上がり、ちょっと待っててと脱衣所へ向かった。その場に残されるわたし。すぐにオサムは戻ってきて、後ろに何かを隠していた。アヤシイ。

「それはー?」
「えーと、あの、そのあっあと30秒!!」
「…」

 12時に何のこだわりがあるのか。シンデレラか。そんな乙女的な心持ってるんか自分。無言の30秒は痛く長かった。テレビはいつの間にか時報の画面に変わっていて、時刻は12時丁度となった。

「たんじょーびおめでとう!!!!」
「…」
「あれ?無反応?」

 そうして小さなプレゼントの箱をわたしに見せる男。わくわくして、無邪気な姿を見せている。さっきご飯を食べていたときくらい、いやそれ以上の笑みをこぼしている。…とても言い出しづらい。

「あのね、オサムちゃん、よく聞いてね」
「え? うん」
「わたしの誕生日、先月やで…?」
「…嘘やん、そんなんええねんで、そこまでして俺のこと嫌いなん?」
「そんなんちゃうから。ちょっと待ってて」

 わたしは仕事用の鞄から免許証を取り出して、ほらと、オサムに手渡す。それを見たオサムは小箱を手から滑り落とした。

「…なんやすまんかった」
「いや、あの気持ちは嬉しいねんけど…だから12時にこだわってたんやね…」
「なんかすまん…めっちゃ俺恥ずかしいわ…」
「わたしの誕生日、どっから探したん?」
「Faceb○●kや…」

 そう聞いてわたしは肝を冷やす。SNSを信頼していないので、嘘の誕生日入れたのはわたしだった。(だってパスワード忘れたら誕生日聞いてきたりするやん?怪しいやん?やから嘘の誕生日入れてるんや)それを伝えるとオサムは激怒した。

「自分で嘘の誕生日入れてたん?!」
「だってあんなん誰も見てへんやん!」
「俺は見てたわ!あほ!」
「ごめんて!」

 プレゼント見せて、と言うと、お前にはやらん!と言われてしまった。卒業してから会っていなかったオサムが、一体何を選んでくれたか、知りたいのに。
 あげへん!と言うオサムから、なんとかその小箱を奪って手に取ると、オサムは観念したのか、ため息をついてどーぞお開けくださいと折れた。勝った!わくわくして包装紙を開けると、白い小箱が入っていて、その中には、明らかに安物とわかる指環が入っていた。安物って言っても、数千円とかそんなレベルじゃない。スーパーで売ってる、お菓子のおまけ。

「セボンスターや!!!」
「…大の大人がレジまで持っていって買うたんは褒めてや」
「オサムちゃんありがとう!!!うれしい!!!!」

 しかも一つじゃない、というかあれこれ8つあるやんシリーズ制覇してるわ!なんやこいつ神の引きか!わたしは興奮のあまりオサムを忘れて一つ一つをじっくり見ていたとき、一番かわいい指環を取り上げられてしまった。

「あっちょっとそれ!」
「これ一番好きやろ」
「うん!」
「ほなはめたる」

 そう言うと、オサムちゃんはわたしの左手を取り、ゆっくりとその300円の指環をはめた。まるで幼稚園児のごっこ遊びで、わたしは何だかおかしくなってきた。

「ありがとーオサムちゃん」
、結婚しよか」
「はい、旦那サマ」

 何となく目が合って、そんなことを言ったら、二人で吹き出してしまった。良い年した大人が何をままごとしているんだか。

「ほな明日から俺、こっから出勤するから」
「え?」
「今結婚するって言うたやん」
「え?」
「俺は本気やで。ままごととはちゃうで」
「は?」

 そのままオサムはわたしに抱きついてきて、すきやで、と真剣にささやくのであった。

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