終わらないで、と願った。
こうしてみんなと居る事が、もうすぐ終焉を迎えるという事実に反したい。ねぇ、まだ終わらないで。春なんて、来なくていい。みんなと別れたくないよ。
だってここがわたしの居場所だもの。
春 を 恐 れ た
「まだ残っていたのか」
「…ごめん、」
部室の中で、わたしは部誌を書きながら外の様子を見ていた。もう部活は終わって、そこにあるのは日暮れのテニスコートだけなんだけど。
まだ灯りの点いている部室が気になって、蓮二は戻ってきてくれたんだと思う。いつもならみんなと話しながら帰っていたわたしがひとり残るなんて、今日はどこかおかしかったんだろう。自覚はあった。蓮二はわたしの隣に腰掛ける。
「…どうかしたのか? いつもより元気が無いようだが」
「わたしも哀愁を感じるときがあるんですー」
「そうか、も成長したな」
哀愁なんて言葉、どこで覚えたんだ?と蓮二は笑った。同い年なのに大人びた蓮二に若干馬鹿にされているようで、ちょっとむくれてやった。
「どっかのテニス部に古語辞典のような方が居るんでね!」
「弦一郎に言いつけるぞ」
「ヤメテクダサイ」
…どちらかというと弦一郎より蓮二の方に影響を受けた気もするが、まあいいや。
しずかな時間が過ぎていく。わたしは部誌を書くのを諦めた。今日は書ける気がしない。それを見て蓮二はまた小さく笑う。
「幸村が怒るだろうな」
「はい、もう今日は書ける気がしませんーっ」
「その言い訳、もう効かんだろう」
「いいよ、怒られても。きっと最後だろうから」
部誌とか本当にどうでもよくなった。すこしでも長くみんなと居れるなら、怒られたって構わない。そう思うようになった。
冬が過ぎれば春になる。春になれば、私たちは高校生だ。同じ学校とはいえ、何もかもすべてが同じではない。勉強も大変になるし、忙しくなるだろう。校舎が変わり、クラスが変わり、新しい人を迎えて、新たな時間が動き出す。そして見慣れないコートでのテニス。きっとそれは希望に満ち溢れた世界なんだろう。ほら、その証拠に、蓮二は何も心配なんかしてなさそうだ。
わたしだけかもしれない。こんなにも春を恐れているのは。
「さて、そろそろ帰るか。明日に支障が出る」
「…うん」
荷物をまとめ、一緒に部室を出る。何でだろう。今日が最後、って訳じゃないのに、とても悲しい。離れるのがひどく辛かった。
冷たい扉と閉め、鍵をかける。その無機質な音にわたしは涙を流した。一筋の跡が頬にできる。
「…蓮二?」
「、そんな風に泣かないでくれるか…」
切なげな声を出す蓮二に驚いた。そして蓮二はわたしの頭を撫で、それからゆっくり抱きしめる。伝わる体温で、余計に寂しさを感じた。
「まだ、俺たちの冬は終わっちゃいない。勝手に春を恐れるな」
「………!」
「もう少し、をここに居させてやるから…」
わたしはその優しさに、ただ、うなづくことしかできなかった。
冬の大会は、もうすぐそこまで来ている。
20090106 企画サイト「SUMMER AGAIN」様へ提出
20090211 青葉grでも公開
title配布元:hazy様