「…この課題がダルい」
「全くだ」

 ぽつりと呟いた独り言に、まさか横から返事が返ってくるとは思わなかった。私の横で、柳が背筋を伸ばしたままペンをくるくる回している。
 今日は先生がインフルエンザに掛かったとかで(予防接種してて良かった)、急遽変更。ビデオを見て、その感想を書いたりする、まあ埋め合わせ上等な感じのもので。

「彼らはこのプリントの設問の意味が判っているのか?ビデオの感想を書くところは無いのに」
「まあ問題文の最初に『ちゃんと見ないとわかりません』とか書いてあるじゃない」
「…それは、そうだが」

 腑に落ちない、と柳は言いたいのだろう。正直そのご意見はごもっともである。こんなの適当に終わらせればいいものを。
 クラスメイト達は、この機会に成績を稼ぐつもりなんだろう、必死の形相でスクリーンを見つめている。座席順で座った視聴覚室は、何故か柳と私だけ後ろの1ブロック上の席だった。そしてお互い一通り書き終わった後、薄暗い部屋の中、二人して暇を持て余していた、と言うわけである。

「ああ、柳、ちょっと手出して」

 ん?という顔をして柳が手のひらをひらく。私はそこにそっと小さなものを三つ置いた。

「これは?」
「さっき“チョコレートほしい”って訴えたのは誰ですか」

 そう、それは1限前。
 この時間は日本史の授業で、正直みんな寝ている。先生は好きなように話すので、生徒は気にしない。普段でも隣の席の柳は、その時間堂々とチョコレート整頓をしていた。勿論こっそりと、だが、隣の席だからすぐわかる。

「おお、流石立海テニス部」
「そうでもない。今年は特に幸村が多いんじゃないか?」

 弦一郎は兎も角、とこっそり溢す柳が面白かった。確かに幸村だったら、にっこり笑って貰ってくれそうだからね。真田は…追い返しそう。うん。柳は用意していた紙袋に、綺麗にそれを詰めていった。

「…まあ俺は予測通り、といったところか」
「ちなみに幾つくらい?」
「フ、聞きたいか?」

 ニヤリとされたので、ちょっと聞くのを止めておいた。

「ところで、お前は俺にはくれないのか?」
「そんだけ貰ってて媚びるのか柳蓮二」
「…くれないのか」

 やたら悲しそうな顔、そして暗いトーンで言われちゃあ、仕方がない、のだけれど。

「ごめん、用意してなかった。っていうか忘れてた」
「……街中も学校の中もあんなに騒ぎ立てているのにか」
「うん。こっちも色々あってさ」

 こっち、とは部活のことである。男子テニス部のようなしっかりした部活じゃない、小さなクラブは運営だけでも大変なのだ。簡単に言うと予算をこういう部活に取られるからなんだけど… 柳はそのことは多少分かってくれている。だからそれ以上は何も聞かなかった。

「…で、これを俺に、か?」
「チロルチョコでごめんね。これしか持ってなかった」
「いや、まさか貰えるとは思っていなかったのでな。…ありがとう」
「いえいえ」

 どうぞと言うと、柳は授業中にも関わらず、包みを開けて食べた。…どうも噛み応えに若干不安があるらしい。

「それ、“きなこもち”って味で、中にお餅入ってんの」
「ああ、成程。そういうことか」

 きなこ味だから、多分柳でも大丈夫だったんだろう。二つ目にもすぐ手を伸ばし、三つ目を口に入れた。美味しいでしょ?と聞くと、ああ、と短い返事が返ってきた。

「残念ながらもう持ってないから、今食べたのが最後」
「…もう口に入れてしまったが、お前は良いのか?」
「良いも悪いも、もう食べちゃったでしょ?」

 多少名残惜しくはあるけど(あれ本当に美味しいし)、まあ柳にあげたからいいかな、って思うことにしよう。

、こちらを向いてほしい」
「何?改まって」

 今までも顔向き合わせて話しているのに、何か?と思えば、柳が私の唇をかすめとった。抵抗したくても、柳の手が私の頭にがっちり回っていて、身動きが取れない。柳の唇はほんのり甘い味がした。

「最後の一つだったんだろう? お裾分けだ」


20090202 久々に季節モノを書きました うちの蓮二はこんな人です/お題:1204様