過ぎた日々を指折り数えて、得られたものは喪失感だけだった。
 電車の窓に写るわたしは、ひどくやつれている。化粧すらしていない。もうすべてどうでもよくなった。近くのコンビニで普段吸わないタバコとビールを買って帰る。ライターもマッチもないから、点火はガスコンロ。馬鹿げてる。それでもくやしくてタバコを吸った。
 するとそんな私の心を見透かしたようにケータイが鳴るのだ。掛けてきたのは恋人でも親友でも、まして家族なんかじゃない。惚気の長電話が好きな友達だ。何なのよ、と静かに声を荒げて通話ボタンを押した。

「…あ、もしもし、ちゃん?」
「……なに」
「あ、あのねっ、落ち着いて聞いてっ」

落ち着くのは彼女の方だ。妙に冴え切った頭で思う。

「幸村くんが、いなくなった」

 なによ、馬鹿げたこと言わないでよ。もう今日はそれどころじゃなかったんだから。いやな冗談はやめてよ。そう私がまくしたてれば、彼女もまた、まくしたてた。

「幸村くん、寂しがってたよ?ずっとずっと会えないって!家に行ってもいつもいないし、電話も出てくれないし、って。メールだけしかしてなかったって本当なの?!が最近疲れてる、って行ったら、何かいいお土産探してくる、って言って、それから連絡が出来ないのよ!!せっかくを心配して言ってあげたのに!!幸村くんがいなくなったのはのせいよ!!」

 タバコを少し吸って、煙と一緒に盛大にため息をついた。彼女は怒って電話を切った。

「どうしたらいいのよっ……」

 訳がわからない。無意識に歯を食い縛れば、口のなかでタバコが折れた。

 薄明かりが射す。けだるい朝だった。情事のあと、ひとり残されたあとのような、切ない気持ちになった。
 彼はやさしい。
 だから乱れた衣服も乱れた布団も、きちんと直して行ってしまう。まるで自分はここになど居なかったかのように。

 昨晩はそのまま眠ってしまった。久々の休日、ゆっくりしていたいのに、昨日の電話の言葉が耳から離れない。

「幸村くんが、いなくなった」

 正直どうしたらいいか分からない。心を落ち着かせるためタバコを吸いに台所へ向かう。苦い味を口の中に感じて、ようやく目が覚めてきた。幸村が行きそうな場所や、友人に電話を掛けてみる。けれど誰しもその所在を知っている人は居なかった。
――私は幸村の事を何も知らないのだ。
 そう思ったら泣き腫らした顔をさらにぐちゃぐちゃにするはめになった。ケータイを握り締めて、ただその場に座り込んだ。床が冷たい。思えば起きてから暖房すら入れていなかった。12月も暮れ。寒いに決まっている。

…そうか、捨てられたのだ。

 その単純な答えに辿り着くのにどれくらい掛かったのだろう。窓の外には雪が見える。いつの間に降り始めたのか定かではなかった。
 捨てられたと思ったら妙に納得した。
 もういいのだ、幸村には私なんていらない。理解する為の要素はそれだけで十分だった。

 お風呂に入って、服を着替えた。化粧はしない。いつ泣きたくなるか分からないから。今日は休みだから、久しぶりに料理でもつくろう。ああ、肉が食べたい。最近コンビニ弁当ばっかりで揚げ物ばかりだったからなぁ。少しだけうきうきしてきた。冷蔵庫を開ける。笑えるくらい何もない。
 そうだ、買い物へ行こう。それがいい。そうしてスーパーへ行って帰ってくると、自分の行動にまた泣きたくなる。玄関前で気づくのもばかげてる。

「…二人分、買ってきた」

 自分に嫌気が差した。もういい、食べれば済むことだ。ため息をつきながらドアを開ければ、「おかえり」との声。「ただいま」と答える。

「…ゆ、きむら?」
「俺が失踪しても連絡してくれないなんでヒドいなぁ」

…そうだ、私は彼に電話したわけではない。周りを攻めただけだった。本当に馬鹿だ、私は。

「…馬鹿だね、は」

 実際に言われるとかなりショックではあるが。それでも幸村がここに居ることが嬉しかった。

「どうせ今日がクリスマスだなんてこと忘れてたんでしょ?」
「え? …ああ、忘れてた」
「はは、やっぱりね。ほら、早く入りなよ、寒いでしょ」

 幸村に腕を引かれる。その前にここは私の家なのだが。しばらくぶりの抱擁は暖かかった。

「Merry Xmas」

 耳元で聞こえる声に、何もかもを投げ出したくなった。今日は、腕によりをかけて夕ご飯を作ろう。今日という日は二度とは来ないのだから。

20091229 クリスマス過ぎました。