この人はイベントというものに全く興味がない。
 クリスマス、バレンタイン、正月、ひな祭りやハロウィン、果ては誕生日まで。全くと言っていい、彼女は昔から無関心なのであった。

 就活を控えた大学3年の夏。大学生生活最後の白石先輩の試合を見るために、四天王寺の面々が一同に会した。彼女は久しぶりに見るテニスの試合を楽しんでいた。マネージャーとしての思い出がよみがえるのだろう。
 白石先輩は相変わらずパーフェクト・テニスであり、ガントレットも健在だ。キラキラしてプレイするテニスに、彼女はいつも目を輝かせている。いいなあ、と言って。

「何がええんです?」
「何回見ても、同じことが起きないこと」
「結局白石先輩、勝ってますけど」
「そうやなくて。例えば天気とか、ギャラリーとか、対戦相手やだし、本人も、今ここにいる人たちがあってこその世界やない? それが良いなあって思うん」
「はあ」

 ちょっと抽象的なことを言う彼女は、それを理解出来ない俺の顔を見て苦笑する。

「要は、映画やドラマは何回見ても同じ内容だってことよ」

 何回見ても、主人公とヒロインは結ばれる運命だったり、犯人は被害者を殺すことに変わりはない。だから毎回変化がある。それって面白いことじゃない?と彼女は笑うのだ。
 試合はみんなの予想通り、白石先輩のストレート勝ちだった。

「…だったら変化を楽しめばいいんちゃいます」
「それとこれとは話が別です!」

 試合後の打ち上げで、彼女は一切の妥協を許さない。誕生日なんて何年も祝ったことがない。彼女はそう言っていた。だからお祝いしますよ、と言ったのだ。そしたら彼女は断固拒否の姿勢を取る。

「わたしイベントごと好きじゃないのよ」
「知ってます」
「なら何で」
「何で嫌いなんですか」

 まずはそこを教えてくださいよ。理由を聞かんと、俺らには何も出来ないじゃないですか。彼女はまた苦笑して言う。

「くだらないことなの。結局はね」
「ええから言ってみい」
「クリスマスも、バレンタインも、そういうイベントって結局みんな一緒なの。毎年毎年、おんなじようにツリーを並べてわーいって騒いで。男の子にチョコレート渡して好きだのなんだの言って。確かに経済を回してるとは思うわ。でも面白ないねん。いっつも同じやから」

 そんなルーチンはわたしにとって無駄なんよ。白石っぽく言えばね。

 だから彼女はスポーツを好み、監督に教えられ競馬を楽しんだ(正確には馬の様子から予想を立てていたのだ。それが当たるようになると、彼女は競馬をやめた。監督はひどく残念がった)。結果が分かるものほどつまらないものはないし、何も変わらない毎日も嫌いなのだった。
 思い返せば、誰の誕生日にもマネージャーからプレゼントをもらったという話は聞かなかったし、俺ももらえなかった。クリスマスは顔を合わせることするなかったし、バレンタインの前日には「明日の部活は休みます」と宣言して、彼女は来なかった。

「殊更誕生日なんて一つ年を取るだけやん。何が良いことなん」

 これこそ毎年全く変わらんやん。面白くもない。
 そう言われれば、確かにそうなのだった。彼女の一言で、俺たちはすこし、考え込んでしまう。

「だったら何で今日来てくれたん?テニスなんて日常やったやろ?」

 主催である白石先輩が、ほろ酔いになりながら聞く。皆が集まるのは確かに久しぶりだが、テニスなんて飽きるほど見てきただろうに。

「今日来たのは、非日常になったテニスが楽しそうだったから見に来たの」
「…ほんなら、毎日非日常になればええっちゅーことやな」

 顔の赤い謙也さんと白石先輩は、こそこそと周りのみんなに内緒話を持ちかける。驚く顔、困惑する顔、楽しんでる顔…みんなそれぞれのリアクションと、何故か感じる俺への視線。
 俺以外の全員に耳打ちが終わると、主催者は高らかに言った。

「ほな、恋でもしたらええ。相手は用意してある」
「はい?」
「っていうかお前らええ加減に付き合え」

 一氏先輩が眉間に皺を寄せながら言い、後ろから小春先輩が俺と彼女の肩を掴んで引き寄せる。銀さんは柔和な笑顔を見せているだけだった。

「これからの毎日には財前がいるんや。最低でも一年間は毎日新しい時間やろ」
「マネージャーやっとるときからみーんなわかってたんやで」

 金ちゃんまでも、俺の気持ちに気づいてたとなると、流石に恥ずかしい。

「…そんなの、一年間だけやん、」
「頑固者やねえ」

 あの千歳先輩もため息をつく。ここまでお膳立てされてしまっては、やるしかないのだ。俺は隣の彼女を見つめ、その手を取った。

「俺がアンタの毎日、変えてみせますから。だからクリスマスも、バレンタインも、誕生日も、俺に、ください」

 変わったのは毎日で、変わらなかったのは自分の感情という訳だ。


「昔からお前ら両片思いやったで」
「オサムちゃんまで知ってたんか…」
「教師舐めとったらアカンでぇ。それにな、アイツがイベントごとに淡白になったんは、財前、お前のせいやぞ」
「俺の?」
「お前の誕生日に女子がいっぱい騒ぎ立てよったん見てな、落ち込んでたから俺が競馬を教えたんや」
「…なんで競馬」
「知らんこと教えてやろう思て。オトナの世界?」
「…ノーコメントや」

20140610