!caution!
証の儀の後設定。時系列だいたい。本編のネタバレを含みますので注意。ちょっとR指定かなと思うので、18歳未満はご遠慮ください。

「……消えてねえな」

 人の気配がした。布団で休んでいたわたしの、その手首に熱が触れる。目を開ければそこには焔がいた。一応ここはわたしの住まいのはずで、まあ誰でも入って来れる作りにはなっている。それでも夜中に誰かがいるのは驚く。

「あの」
「…博士から昼間にお前が消えかけたって聞いてな」

 彼はわたしから手を離し、そっと背を向けた。

「知らねェところで消えられるのは寝覚めがよくねェからよ」

 忍び込んで悪かったな。何もしてねーよ、焔はそう言ってさっさと家を出て行く。心がどこか痛む、そんな後ろ姿だった。
 わたしはそのあと、なんだか眠れなくなって、暗いうちに外に出た。村のことは、軽く一周したくらいで、内情はさっぱり分からない。近衛と鬼内のイザコザに巻き込まれるなと、時継から強く言われていたので、その陣所からは離れ、ひとり禊場に向かった。女性の時間であることを確認し、着替えて中に入る。どうやら誰か先客がいるようだ。わたしはそこを避けて、奥の滝へと向かう。水が刺すように冷たい。
 そうしてゆっくりとこの数日の出来事を逡巡する。わたしは一体何者なんだろう。横浜での戦いが十年も前であることが現実で、記憶のないこの身体もまたここに存在するのだ。果たしてこれが現実なのか、夢なのか幻想なのか、わたしは生きているのか、死んでいるのか。

 滝の激しい水音の中で、わたしの身体は徐々に光っているような気がしていた。ああやっぱり、これは幻なのだ。博士も時継も、紅月も焔も、わたしの想像が生んだ虚像に過ぎない。ここからどこへ行くのか、死後の地獄なのか、わたしはゆっくりと目を閉じて、水の中へと落ちていく。

「おいコラ、目ェ覚ませ、、おい!」

 滝の中から引きずり出され、その声の主はわたしの頬を叩く。その腕を掴もうとするも、彼の腕を掴むことはできない。手のひらが彼をすり抜ける。ああやはり夢だった。遠のく意識の中でそう納得するも、何故だか背が熱い。

「ほむら、わたしは死んでいる人間だ、もう離せ」
「バカ、勝手に死んでんじゃねーぞ、俺はまだテメェをちゃんと掴んでるだろうが」

 焔が触れているところだけが、燃えるように熱い。けれども手足や顔、腹なんかはひどく冷たい。死人よりもきっと。わたしは焔に笑ってみせ、その目を閉じる。閉じた瞳でも、全身が光りだしているのが分かった。

「おい何目ェつぶってんだ、起きろ、行くなバカ、おい、!」

 身体に感じる熱が広がる。焔の腕の中は温かい。もういい、離してくれと言えども、彼はより強くわたしを掴んで一向に離そうとしない。目を開ければ、必死の形相の焔がいて。最期に彼の頬に触れたいと、わたしはすり抜ける手のひらを焔に伸ばす。

「消えるな、勝手に消えるなッ、そんな訳わかんねー力で、失ってたまるか…!」

 わたしの右手は焔の左手が絡めとり、その指先から温かさが伝わってくる。あったかい、そうふいにこぼすと、彼は自分の額をわたしにくっつける。

「つめてェ…!」

 焔のすべてが温かい。身体が触れているところも、その言葉も、頬に感じる吐息でさえも。黄泉の冷気に苛まれているわたしを、彼が必死でつなぎ止めてくれていた。

「…分かった、そういうことか、…あとでいくらでも殴られてやるから、今は許せよ」

 そう言って焔は冷たいわたしの唇に口づけを落とし、髪から頬から、肩も胸も、全身あらゆるところを丁寧に撫で、時には唇で触れていく。彼が触れると、わたしの身体は光を失い、正しい体温を取り戻した。まるで氷を溶かしているようだった。わたしを構成するすべてに触れられることは、とても気恥ずかしいものであったけれど、肌の先に焔の熱を感じるのは、すごく気持ちが良かったのだ。互いに何も言わなかったけれど、するべきことは理解していた。
 冷たい水の中に浸され、焔の熱で溶けているわたしの身体は、その熱量に絆されていく。

 全てが終わると、わたしは元の姿に戻っていた。普通の、生きている人間に。

「…何とかなったみてェだな」

 立てるか、と手を伸ばされる。わたしはその手に触れようと、右手を伸ばす。指先はきちんと焔を捉え、すり抜けることはなかった。腕を引かれ、そのまま彼の胸に収まる。先ほど感じた温かさではなく、生きている人間に触れている感覚だった。

!生きているか!」
「んな!?博士!?」

 禊場に博士と時継が靴のまま走り込んできた。どうしたんだよ、という焔の言葉に、異様な光を観測したから急いできたのだと博士は言う。

「まあ途中から全部見ていたが」
「はァ?!」
「俺は最初から全部見てた」
「えっ」

 ともかくだ、博士は空気をぶった切って話し始める。原因はよくわからないが、昨日と同じで、この世界の住人でないわたしが、この世界にいることによるひずみで消えそうになったようだ。昨日は博士の言葉を信じたが、今日は死人だと思ったことで、身体が冷たくなったのだろう。博士の見解はこうだ。

「お前の炎が、をこの世へと導いたんだ。しっかりやるんだな、焔」
「名に恥じねえようにやれよ、焔」
「うっせ」

 邪魔者は退散するか、そういうと二人は意気揚々と帰っていく。水辺に取り残されたわたしたちは、どうしたものかと思いながら、それでも抱いた腕を離すことができない。離すと消えてしまいそうだったから。

 名を呼ばれる。許さなくていい、そう言って、焔はまたわたしに口づけた。

20160818