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休息を経て、精神的に元気になったわたしは、トリオン量を五割にまで復活させ、外装強化へ一層打ち込むことになった。諏訪さんとくっついたことは、なぜか一瞬にして広まっていて、普段あんまり話したことのない人たちにもよかったねよかったねと言われる始末だった。午前の仕事を終え、ラウンジで昼食を取っていると、諏訪隊を見つけた。もう声をかけるのに迷いはない。「おはよーございます諏訪さん!」
「おー。」
今日は元気だな。諏訪さんがわたしの頭を撫でる。
ようやく諏訪さんに触れてもらうことのできる距離になった。それが心底嬉しくて、わたしは笑う。諏訪さんも笑顔を見せてくれるようになった。今までの苦い顔も、全て嫉妬からくる表情なのだと知ったから、それはそれで嬉しい。
「おはようちゃん」
「おはようございます堤さん、日佐人くん」
「これでようやく諏訪さんも落ち着きますね」
「日佐人てめェ」
なんだかんだいつも心配してくれている諏訪隊の二人は、この状況をとても祝福してくれている。毎日些細なことで隊長がいらついていたのだ。それが緩和されるだけでマシだろう。
「ちゃんはこれから仕事?」
「しばらくは壁面の補修と、ランク戦までに何とか設備を整えないと。このままじゃみんな戦えないし」
「そっか。頑張ってね」
「ありがとうございます」
堤さんにお礼を言うと、諏訪さんが苦い顔をしている。その顔が嬉しくて、すこし笑うと、彼の眉間の皺が深くなった。
「、あとでな!」
そう言い残して、諏訪さんは防衛任務へと走り去っていった。
わたしは残りの昼食を食べ終えると技術開発室へ戻り、リーダーから午後の業務の指示を受ける。ここから三日間、二月一日まではエンジニアチームフル稼働確定だ。開発室には鬼怒田さんと、冬島さんの姿も見える。
「ランク戦の会場と個人ブースは復旧済み。あと残っているのは連絡通路の補修と通信室。それから外壁」
「すみませんでした!」
「構わん頑張って間に合わせろ」
「はい!!」
鬼怒田さんにちょっぴり怒られる。すみませんすみませんと、とりあえず謝って、解散の指示でわたしは持ち場へと一目散に駆けていった。外壁修繕と一言で言うけれど、そこには冬島さん特製の防御トラップの修理も含まれているのだ。
「これから三日間よろしくな~」
「お手柔らかにお願いします」
「単純なヤツでは効かないことが十分分かったから、これからちょっとプログラム変更するわ」
「それって」
「おう、ケーブルも複雑になるからな~ギミックもちゃんと動くように頑張ろうな」
冬島さんはニコニコ笑っているけれど、わたしは心の中で泣いていた。冬島さんのトラップの構造は難しいのだ。またぜんぶ組み直しだ…わたしは顔面蒼白になる。とにかくわたしは手を動かして、この二日間の遅れを挽回しようと躍起になった。
そうして一月末日はすぐさまやってきて、エンジニアが自分たちのプライドをかけた大修理はなんとか、期日までに間に合ったのだった。
「間に合った~~~!!!」
リーダーは叫んで踊っている。鬼怒田さんもようやく安堵の表情で、みんなに労いの言葉をかけていた。かくいうわたしはまたトリオンを全力で放出したせいで、一刻も早く部屋に戻りたかった。
「~迎えがきたぞ~」
「ちょ、冬島さん、んなデカい声で」
「いーからいーから。もうボーダー全員知ってるから」
むかえ?と思って冬島さんの声のするほうを見れば、私服の諏訪さんが立っていた。今日はベージュのマウンテンパーカーにボーダーのシャツ。下はジーンズだ。諏訪さんはボーダーのおしゃれ番長だとわたしは勝手に思っている。冬島さんに無理やり中に入れられれば、エンジニアの制服ばっかりのこの部屋に、彼はひときわ浮いていた。
「、もう戻っていいぞ。明日は昼からランク戦会場の整備だからな」
「了解です。お先失礼します」
「おうお疲れ」
リーダーが帰っていいと言ったので、わたしと諏訪さんはそそくさと技術開発室を出る。諏訪さんは出た途端にため息をついた。
「なんだあの熱量は」
「みんな整備が間に合って喜んでるんです。すみません」
諏訪さんとラウンジに寄って食料を分けてもらい、途中でわたしの知らない隊員の冷やかしにあって、自室に戻った。諏訪さんは早速キッチンで料理を始める。今日のメニューは何かと聞くと、俺が食べたいからポトフだと答えた。
「こういうのはふつーお前がやるべきなんだよ」
「いいじゃないですか諏訪さん料理上手だし」
「今度一回作れよ」
「今度元気なときに」
「俺聞いたからな!いっぺん作れよ!」
わたしはソファーでうとうとしながら、ごはんが出来るのを待つ。立っているのが難しいくらい、体力がなくなっている。それも今日でほんとに終わりのはずだ。明日からは通常業務に戻る。
「ー、できたぞー」
「ふあい」
身体を引きずってダイニングでごはんを食べる。諏訪さんの作る料理は悔しいくらい美味しくて、元気が出る。わたしはこんな美味しいポトフを作れる気がしない。今日は煮込むときにちょっと白ワインを入れたとのことで、諏訪さんはワインを飲んでいる。わたしはお腹が空いていたのでおかわりもした。
諏訪さんは多分そういう気持ちで今日は来てくれたんだろうけど、わたしは応えられるほどの体力がなく、ごはんを食べ終えるとソファーでうとうとしてしまった。横に座っている諏訪さんは、わたしの髪をゆるゆると編みながら、よくがんばった、と小さな声で褒めてくれた。それが嬉しくて、わたしは半分寝ながらくちびるの端を上げる。
「なんだか夢みたい」
「夢じゃねーよ」
諏訪さんの体温が伝わってくるのが、あたたかくて気持ちよかった。こんな気持ちになるのは初めてだ。
「…今度、服買ってやるよ」
「いいですよ、ここから出ないし」
「隊服のまんまっていうのはなんかなあ…」
パジャマなら着ますよ、と言うと、諏訪さんはそうかパジャマ、と納得した様子だった。
また明日からはいつものボーダーに戻る。仕事は大変だけど、諏訪さんを見つめているだけではなくなったのだ。辛いときにそばにいてくれる、そう思うと、幸せな気分でわたしは眠りについた。
「おやすみ、また明日な」
激動の一ヶ月が、ようやく終わる。でもわたしたちの恋はまだ始まったばかりだった。