会場に戻って、お菓子やごはんを食べているうちに、お互い恥ずかしさは落ち着いて来て、諏訪の書生姿にも大分慣れてきた。写真はそのあとすぐに壁に投射され、桜子ちゃんのマイクアナウンスで主旨が説明される。みんなあれこれと感想を言い合った。わたしたちの写真はその多数の中にきちんと紛れていて、恐らく騒ぎにはなっていない。投票はそれぞれのケータイから順次行っていた。わたしはプリキュアに投票し、何事もなくこのまま終わればいいのにと思っていた矢先、主催の出水からアナウンスが入る。

「せっかくの仮装なので、今からはその役柄になりきってくださーい!」

そういえば、撮影の時しかなりきっていなかった。俺たちはドラキュラなので、みなさんを襲いに行きますね!出水の言葉で、皆が我に返る。
それではスタートっ!その一言で会場は一気に騒がしくなる。わたしはただの女子高生なので、特に気にもせず、目の前のポテトをつまんだ。

「お嬢様、お待ちください、お手を拭きます」

その言葉に飲んでいたジンジャエールを逆流しそうになる。
風間の演技スイッチが入ったらしい。横にいたレイジさんと諏訪も声にならない驚きを漏らしている。風間はわたしの右手を取り、近くにあった白のナフキンで指をそれは丁寧に拭うと、見たことのない笑顔を見せた。

「か、ざま?」
「はい、何でしょうお嬢様」
「何ってそのキャラ…」
「お嬢様、危ない!」

豹変した風間に驚いて呆然とする我々の前に、ドラキュラの出水と米屋がやってきた。ふたりも迫真の演技をしていて、場内の視線がこちらに集まっているのを感じる。

「お嬢様、お下がりください、ここは私が」
「…一人では心許ないだろう?執事殿」
「木崎様…この借りは必ずや」

この茶番劇にレイジさんも参加しだした。もうどうしたらいいか分からない。空砲のくせに相当の風圧のある銃をぶっ放すレイジさんと、フォークをダーツのように投げまくる風間。二人とも割と本気なので、ドラキュラ役の高校生たちも本気で逃げないと結構痛い。諏訪とこの状況にさっぱりついていけなくなっていると、風間執事が叫んだ。

「ほら早く!洸太郎様!お嬢様を連れて、お早くお逃げください!」
「(洸太郎様って…)逃げろっつったって、一体どこに」
「桜子様なら、きっとどうにかしてくれます」

ここで桜子ちゃん出すのかよ。わたしは脳内でつっこみを入れてしまった。

「諏訪!早く行け!時間稼ぎなら俺の十八番だ」
「なんだコレ…」

諏訪の言葉は最もである。突然始まったこの謎の寸劇は妙にリアリティがあって、わたしたちは至極困惑している。それでもこの男は腹を括ったらしく、わたしの腕を取ると、小さく耳元で行くぞ、と囁いた。

「死ぬんじゃねーぞ!!」

会場中央を逃避行のようにつっきって、先ほどのフォトスペースに向かう。真っ白な世界に足を踏み入れた瞬間、背景カラーが暗い夜の森に変わる。

「な、なに」
「俺にもわかんねー」

いきなり暗くなって目が慣れない。諏訪さんさん、と呼ばれて振り向くと桜子ちゃんが何かを渡してきた。これは戦闘用のイヤモニだ。それつけてください、と言われたので、言われるがままはめる。

「聞こえます?」
「ああ」
「うん」
「じゃあ指示出すので演技してください」
「はァ?」
「明るくなります」
「え、ちょっと」

わたしたちのことは無視られたまま、フォトスペースは少し明るくなる。わたしは戸惑ったまま諏訪の顔を見ると、諏訪もこちらを見ていた。

「どうしよう」

わたしはつい呟いてしまう。そのときイヤモニに音声が入った。
ーー諏訪さん次の台詞は、「君だけでも逃げるんだ」
そうして桜子ちゃんの指示が入る。諏訪は閉じた瞳をゆっくり開くと、目つきが変わった。

「君だけでも逃げるんだ」
「そんな、洸太郎さんを置いてなど行けません」
「いいから、早く行きなさい」
「でも」
「早く行け!!」

諏訪の目が真剣だ。わたしは諏訪に怒鳴られて、何故か涙が出る。怒られたのは初めてだ。演技だけど。
そうして諏訪は背を向ける。
ーーさん、諏訪さんの背中にくっついてさっきのポーズを

「嫌です。わたしはここに残ります」
、俺の言うことを聞いてくれ」
「嫌です!わたしは、あなたのいない世界なんて考えられない…!」
「……しゃーねーな、だったら、」

桜子ちゃんの台詞とは違う言葉を諏訪が言う。何で、と思って袖を引っ張るけど無視され、諏訪は正面からわたしを掻き抱いた。

「死ぬときは一緒だ」

そのとき血に飢えたドラキュラの米屋が槍でわたしたちを一突きし、フォトスタジオは赤く染まり、暗転した。

「すごい!すごいよ諏訪さん!!!」

嵐山が駆け寄ってくる。それにつられて周りの人間もぞろぞろやってきてこの寸劇を褒めてくれた。騒がしくなってマイクが入り、桜子ちゃんのアナウンスでわたしたちの写真が一位だったと聞いたのだった。

「というわけで、主催者と21歳組による寸劇は無事に幕引きでございます!優勝おめでとうございまーす!!」

出水も米屋も、そして風間もレイジさんも、この寸劇の仕掛人だったという訳だ。わたしと諏訪は盛大な歓迎を受け、凄まじい恥ずかしさに耐えながら、イベントの終演を迎えた。

「あー、お疲れ」
「ほんとお疲れ」

更衣室の空きをゆっくり待っている間、会場隅の長椅子に腰掛けている。まだ食事をしている人も、遅れてきて楽しんでいる人もちらほらいるが、高校生達は撤収作業を順次行っている。
二人でいるだけで何となく恥ずかしいというか、照れてしまうというか。流れであんなことになってしまい、しかもいまもこうして二人で座っているのが、即興劇を認めたような気分で、とにかく顔が赤かった。

「…、平気か?」
「なにが?」
「その、俺とこういうことになって」
「ああ、うん、わたしは平気。諏訪こそ大丈夫?」
「俺のことは気にすんな」

そこから互いに黙ってしまって、会場内をどたばた走るみんなを見つめている。本音を言うと、目を合わせられなくなってしまった。隣との距離が気になって、右側をそっと見れば、諏訪がこちらを見ていた。そうしてそっと手をつないだ瞬間、それはそれは目ざとい狙撃手・佐鳥に見つかって、また散々騒ぎ立てられることになったのだった。

20160412