研究室の前でエナジードリンクを飲みながら休憩していると、おい、そう言って声をかけてきたのは風間さんだった。あくびをしているときに話しかけられて、わたしはふあいという生温い返事をする。

「お疲れだな」
「お疲れです」

わたしはうめぼしのような顔をする。
攻撃手用・新型トリガーの開発担当に任命されて三ヶ月。意見を聞いて、改良して、試作品を作って、戦って。それの繰り返しの日々。データは毎日溜まっていくし、分析するのも大変だ。今回のトリガー開発の中心には期待の星・荒船くんが関わっている。彼の理論は確かに正論なのだが、少々難解なのである。なんだよ荒船メソッドって。メソッドとか聞いたらわたし学生時代を思い出して死んじゃう!あっでもわたし今でも学生だった。ほんと村上くんを尊敬する。わたしもあのサイドエフェクトほしい。

「どしたの?」
「お前、明後日の夜、空いてるか?」
「あさって…? まあ頑張れば…」
「来れたらでいい。飲み会だ」
「のみかい!」

どういう風の吹き回しか知らないけど、風間さんが飲み会に誘ってくれたのだ。マジかーうれしー!!とはしゃぐわたしに、風間さんは拳骨を落とす。

「いた…!」
「静かにしろ。明後日も研究室か?」

どうやら迎えに来てくれるらしい。ありがとうございます頑張ります、そう返事をすれば、風間さんはああ、とだけ言って去っていった。

それから荒船くんと我々エンジニアの試行錯誤は続き、プロトタイプを作成する段階にまで持ち込んだ。試作品は別の担当者が作ってくれるので、わたしの仕事は一旦休止、飲み会も楽しくできるというわけだ。

さん、今日なんかあるんですか?」

いつも研究室にだらだら残っているわたしが、今日はキビキビと帰り支度をしているのを不審に思った後輩くんに声をかけられる。

「そうだよ飲み会だ!いいだろう!うれしい!」
「飲みすぎないように気をつけてくださいね」
「気をつけます!ではまた明日!」

おつかれーと研究室を出ると、待ちくたびれたという顔をしている風間さんがメンチを切っていた。やめてよ怖いよ。おかげで研究室近辺は物音ひとつしない。

「お待たせしましてスンマセン!」
「構わん。行くぞ」
「はーい」

意外と怒ってなかったー!よかったー!風間さんは明らか怒らせると怖いタイプだよね。
どこで飲むのか誰が来るのかさっぱり知らないけど、わたしは白衣を着たまま風間さんについていく。着替える暇を風間さんは与えてくれませんでした。ボーダーを出てちょっと歩くと、学生がよくお世話になる安くて美味い居酒屋に入った。

「風間!こっちこっち」

声のする方を見れば諏訪くんとレイジさん。「くん」と「さん」が入り混じって呼んでるけど、わたしたちは全員同い年だ。

「今日は同級生飲み?」
「まあそんなところだ。諏訪の誕生日祝いだな」
「あっ諏訪くん誕生日なん? おめでとー」
「ありがとう…男だけで飲むのはイヤだったんだ…」

とりあえずビールで乾杯。お酒が身にしみる。おいしい。
諏訪くんの誕生日ならそうと教えてくれたらいいのに、と風間さんに言うと、お前が来なかったらむさ苦しい飲み会だからな、と一蹴された。

「おい風間、それ俺の誕生日って知ったら来るのやめるみたいな言い方じゃねーか」
「その通りだ。よく理解してるな」
「テメェマジぶっ飛ばす」
「やめとけ。ほら飲めよ諏訪」
「レイジもぶっ飛ばす!」

何故か既にフルスロットルの諏訪くんを、風間さんとレイジさんがぞんざいに扱っていく。なんかこういう飲み会久しぶりで楽しい。

、あんまり飲み過ぎるなよ」
「大丈夫。さすがに考えて飲む」
「おいコラ、それは俺が考えて飲んでねェって言いたいのか
「諏訪くん落ち着いて。ほらグラス空だよ」

とりあえず諏訪くんのグラスにビールを次々に入れて潰す。諏訪くんの誕生日なら、諏訪隊でお祝いしないの?と聞けば、未成年が二人いるから飲めないとのことだった。

「タバコは吸うのにな」
「そうだね」
「そうだな」
「お前ら俺のこと祝う気あんのか」

風間さんに二人で賛同すると、諏訪くんが怒る。堤くん呼ぶ?と言えばそれはいいと彼は制した。

「隊は隊。俺は隊以外ともちゃんと付き合いを持っていてェと思ってる」
「すみません、冷奴追加で」
「レイジ聞いてんのかよ!」

冷奴で散々諏訪くんをトリオンキューブ事件でいじったあと、諏訪くんは風間くんとレイジさんに愚痴る。

「いいよなーお前らA級で…」
「諏訪は顔に出るからな。ぜんぶ」
「ポーカーフェイスが出来るようにならないとな」

二人のアドバイスは最もだと思う。それに諏訪くんは賢いのに、割と胆力にまかせた豪快な博打作戦ばかり取るのがいけないところだと思う。わたしは冷奴を食べながら、うんうんと頷いた。

「んだよもそう思うのかよ」
「個人的には諏訪くんは銃手だけじゃなくて、接近戦で一発殴るとかやるといいと思うんだけど」

殴る、という突拍子もない言葉に、レイジさんが笑い出す。トリガー戦の基本は距離を取って射撃か長持での戦いで、拳をぶつけることはまずない。だからこその不意打ちなのだ。

「どない?」
「確かに不意打ちかもな」
「じゃあ靴に仕込むとか」
「それはアリだな」

風間さんが釣れた。新型トリガー試作中、武器を靴に仕込むとか、ナックルタイプを作るとかは、わたしの案だったのだが、荒船センセイに全却下されたのだ。わたしはそういう拳と拳のぶつかり合い試合も見たいのだ。

「今度手が空いたら試作してみるねー」
「サンキュ」

わたしも諏訪くんにはA級で頑張ってもらいたい。そしたらみんなA級だ。

は戦闘員目指さねーの?」
「もう遅いよー。みんなを支えるよわたしは」
「みんなというか、諏訪を支えてくれよ」
「そうだ。諏訪を頼む」
「はあ?」

風間さんがいつもより三割増しの真面目顔で、頼むとか言うから、わたしは混乱した。

「コイツは話し相手すらいないから、いっつも諏訪が俺に夜中電話してきて迷惑なんだ。面倒見てやってくれないか」
「レイジさんまで?」
「諏訪はそこそこ頭もきれるし、そこそこの実力だし、見た目もそこそこだ。どうだ
「風間なんだその“そこそこ”ってのは!」

うるさいぞ諏訪。そう言って風間さんは諏訪くんのグラスにビールを注ぐ。彼は一気にそれを飲み干すと、あーその、と話しだす。

「なんかこの関係壊すのヤなんだけどな、でもともうちょっと近づきたいんだよ。ここで言うのも何だけど」
「うん、別にいいよ」
「えっいいのかよ」
「わたし諏訪くんのことすきだよ」
「そのすきは風間とレイジとも同じだろ」
「うんまあ。でも諏訪くんやさしいし。研究室に缶詰のときよくお昼連れ出してくれるし」
「何だよちゃんとやってるんじゃないか」
「俺たちはムダだったか。帰るか木崎」
「ああ。そうだな」

二人は荷物をまとめ、飲み物を空にしていく。本当に帰る気だ。

「えっみんな帰るの?」
「二人で飲めよ。それが俺たちからの誕生日プレゼント」

会計しとく、とレイジさんは伝票を持って出て行った。いや伝票持って行ったら出ないといけないじゃん。仕方なくわたしたちも荷物をまとめて店を出る。行く宛もないまま、ぶらぶらと二人で街を歩いた。

「あー? さっきのは本気?」
「うん」
「…俺でいいのか?」
「うん」
「じゃあ今日を持ち帰っても?」
「ストレートですね諏訪くん」
「アホか。どんだけ我慢してきたか」

おっし行くぞ、と彼はわたしの手を取って歩き出す。なんだか不思議な感じだ。お互い軽く酒に酔っていて、そしてお互い恋に酔っていた。翌日遅刻して後輩くんにこっぴどく怒られるだろうけど、それでもまあいいかと思ってしまったから仕方ない。

20150901 諏訪さん誕生日おめでとう(一ヶ月遅れ)
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