1DANDELION

「あっすわさーん!」
「んだよまたお前かよ……」

諏訪さんに近づくも、しっしっと手で追い払われる。
わたしは諏訪さんがすきで、毎日こうやって会いに行くが、ことごとく邪魔者扱いなのだ。それも良い。わたしは諏訪さんに会えればそれでいい。まだわたしには彼に触れることすらできない距離を保っている。

「おつかれさまでーす!!」
「はいはい、テメーはさっさと冬島さんとこ行け」
「はあい」

とっても大きなため息が聞こえたけど、わたしに対してではないと思っておく。諏訪さんに手を振って、わたしは技術開発室へと入った。

「毎日お前は元気だなあ」
「それが取り柄です!」

冬島さんに呆れられながら、わたしは大規模侵攻に備えて罠作りを手伝う。技術者チームには女性がいないことになっているが、実際は一人、わたしだけ所属している。高卒エンジニアとして、朝から晩までここにこもりっきりだけど、お給料もいいし、仕事もすきだし、何より諏訪さんに会えるので、むしろ楽しんでいる。

「お前も戦えばいいのに」
「人には向き不向きがありますよ。わたしはエンジニアのほうがより向いてる」
「元祖・トリオンモンスターなのになあ」

いま玉狛でウワサになっている、トリオン怪獣。つまりは内蔵したトリオンが多すぎるコのことを指して、こう呼んでいたのだが、一番最初のトリオンモンスターはわたしだったのだ。この建物の大半はわたしのトリオンからできている。それを知っているのは、上層部と冬島さんたち技術者のみんな、それから迅さんだ。迅さんは未来が見えるから言わなくても知っていた。

「戦闘訓練、してるんだろ」
「万が一ってこともありますし。全然うまくできないけど」
「最近忙しいしなあ」

疲れた顔で、そんな言葉を吐く冬島さん。ボーダーじゃご老体なんだがなあ。彼は苦笑しながら、でも手を休めない。年齢など関係ない。冬島隊の実力はホンモノだ。

「お前が実戦に出るなら、ウチの隊に来いよな」
「そのためにはA級まで上がらないといけないじゃないっすか」

ムリムリ、と笑ってわたしはその場を濁した。トロいわたしには戦闘なんて向いてない。あまりにも多いトリオンのせいで、わたしは近界民に見つかりやすいのだ。そのたま表向きは住み込み技術者だが、実際は外と「隔離」されている。だからわたしは本部から出ることができない。それを知っているのも、さっきの人たちだけだ。
内蔵プログラムのテストを行って、本日の作業は終了。

ボーダー本部にある居住区に、完全に住んでいるのはわたしひとりだ。本部には仮眠室があるし、シャワーやキッチンも完備されているので、そこは誰もが使っているが、個室を持っているのは今のところわたしだけである。1LDKの少々広めの部屋で、関連資料を大量に積んでおり、綺麗とは言いがたい。わたしは遅めの夕食を食べ、風呂に入り、ベッドに横たえる。わたしはトリオン回収装置を左手首に巻いて、眠りについた。こうして抽出したトリオンは、主に本部の装甲であったり、隊員のトリオン体作成に使用する。抜き取られるとき、痛くもかゆくもないのだが、あまりにもトリオンが減ると立てなくなる。貧血みたいな感じ、というのが近い。

「すわさんはっけーん!」
「ダーっまた来た…」
「おはようちゃん」
「おはようございます堤さん!きょうも諏訪さんかっこいい!」
「はァ」

翌朝八時、ボーダー本部。
心底苦い顔をしている諏訪さんと、笑顔を返してくれる堤さんが、ラウンジで朝食を食べていた。

「朝早いの珍しいですね?」
「今から防衛任務なんだ」
「そうですか!いつもありがとうございます!」
「こちらこそ。今日もがんばろうね」
「はい!」

わたしはにこにこと手を振って、ラウンジを離れる。そういえば諏訪さんには名字すら呼ばれたことがない。堤さんはいつもやさしいのになあ。今日の仕事は鬼怒田さんのお手伝いで、外壁装甲の強化だ。

「おお、来たか」
「おはよーございます」
「早速だが、訓練室の壁から厚くしてくれんか」
「おっウワサの外壁ぶち抜き事件っすね」
「全くだ」

鬼怒田さんは、ぶつくさいいながらも、ちょっぴり嬉しそうにしている。玉狛のトリオン怪獣は、鬼怒田さんの娘さんに似ているらしいというのを、東さんから聞いた。
例の壁は、表向き塞いではいるものの、同じパワーで撃たれれば確実に同様の穴があく。装甲を単純に厚くすれば強度は増すが、それでは外に迷惑がかかってしまう。

「うーん。どうしよう。鬼怒田さんはどういう見解です?」
「トリオン結合を組み直すしかないと思うが」
「ですよね…」

トリオン同士の結びつきを組み直すには、一回ばらさないといけない。そしてこの基地全体となれば、それはそれは大変なことである。

「エンジニアフルで回して二週間、ってとこですかね…」
「OKだ」
「はあい…」
「毎日誰かしらに本部の防衛任務を与えてある。安心して作業しろ」
「心得ました」

鬼怒田さんは、早速技術開発室へ通信をつなぎ、二週間フルでの装甲強化を命じた。わたしもラボに向かう。部屋ではエンジニアみんながテンション低く待っていた。

ー。がんばろー」
「おー頑張りましょーこれボーナス出ますよ」
「えっマジか!!そっか時間外労働!!おっし!!!!」

ボーナス、のことばにみんなが食いついた。ボーダーはお給料がいいけど、さらにボーナスがもらえるとなれば、家庭を持っているみなさんはやる気になっていた。うちは有給も取れるし、わりと良い職場だと思うよ?
ラボのリーダー、さんは二週間のスケジュールをあっという間に作って、みんなに配布した。

「なるべく昼間に作業する。深夜は担当になる。すまんがよろしく頼む」
「大丈夫でーす」
「よっし、では作業開始だーっ!」

さんはお金にどん欲である。技術者として、新しい機材が出るたびに購入してしまうので、万年金欠なのだった。さっきスケジューリングしてた端末も、リーダーの私物だ。
わたしは夜中の担当になったので、昼間に時間が出来てしまった。ラウンジの窓際に陣取って、バニラシェイクを飲みながら、専用端末を開いて仕事をする。ボーダーのシェイクは天下一品の美味しさで、城戸さんがこれをよく飲んでいるのは多分わたししか知らない。この人はブラックコーヒーが好きだけれども、甘いものも好きなのだ。城戸さんは休憩中に仕事が入ると、わたしにシェイクを押し付けてどこかへ行ってしまう。今日飲んでいるのも城戸さんにもらったものだ。

ふと外に目を向ければ、諏訪隊が外壁の防衛任務に当たっていた。どうやら今日の作業の為に呼ばれていたらしい。わたしに気がついた日佐人くんが手を振るので、わたしも笑顔で返す。諏訪さんはわたしを見て、ここからでも聞こえるんじゃないかというため息をついて、軽く手で追い払った。わたしはそんな諏訪さんに向かって、ゆっくりと、す・き・で・す、という風にくちびるを動かす。それをしっかり見た諏訪さんは、またため息をついて、あちらを向いてしまった。