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昼過ぎからもう一度仮眠を取る。これから二週間は昼夜逆転生活だ。夜中の防衛担当、本日は玉狛らしい。わざわざ来てもらうの申し訳ないなあ。
深夜十二時に担当箇所に向かうと、レイジさんが待っていた。

「お疲れさん」
「おつかれさまです。深夜にすみません」
「これも任務だ」

わたしの作業は、昼間に強化した部分を、自分のトリオンで結合度をさらにあげることだった。わたしのトリオンは特異であり、例えば壁、例えばトリオン体など、物質を作り出すことと相性が良かった。だから深夜作業、「仕上げ係」なのだった。
今日の作業は、みんなが接着剤をつけたところに、上からわたしがセメントでカバーしていくような、そんなものである。なので、防衛任務は不要にも思えるのだが、万が一ということもあるので、隊員は一人でいいのだ。

「…というわけで、気張ってもらわなくて大丈夫です。トレーニングとか、お仕事とかあればここでしてもらっていただけると」
「そうか。じゃあせっかくだし」

レイジさんは筋トレを始める。わたしも作業を開始した。毎晩寝ている間に抜かれている力を、起きている間にぐんぐん吸い取られるのはなかなかしんどい。太陽が昇ってくるころには、作業もなんとか終了。これが毎日続くと思うと気が滅入るけど、頑張らなければ本部の安全が守れない。

「大丈夫か?」
「へーきです」
「そうか。そういえば午前の任務は諏訪隊が担当だぞ。そろそろ来るんじゃないか」
「諏訪さん!」
「元気でたか」
「はい!」

レイジさんはわたしの頭をぽんぽんと叩き、玉狛へと帰っていった。現在朝六時、徹夜明けとは思えないくらい、レイジさんはとっても元気である。彼と入れ替わりに、壁をチェックしながら、技術者チームと諏訪隊がやってきた。

おつかれー、おお、さすがだなあお前」
「ありがとうございますリーダー!」
「さすが俺の
「はい!」

リーダーはわたしを技術者としてボーダーにとどめておくようにしてくれた、恩人だ。リーダーに褒めてもらうのは本当に嬉しい。諏訪隊は相変わらず、笑顔の二人と苦い顔の一人の組み合わせで、諏訪さんに駆け寄ると、イヤそうな顔をされた。

「おつかれちゃん」
「おつかれさまです、堤さん」
「おはようです」
「おはよー日佐人くん。二日連続の任務だね」
「そうなんです。堤さんが大学の用事があって、夕方来れなくて」

そっか。二人は大学生なのだった。日佐人くんはまだ高校生だけど。

「すわさーん!」
「うるせーなァ、おめーが来るから彼女もできねーよ」

今日もしっしっと手で追い払われる。でもその言葉がちょっと重かった。

「それちゃん関係ないでしょ。いい加減素直になったらどうです」
「そーそー」
「堤も日佐人も締められてェのか」

じゃあねー、と手を振る二人に、わたしは笑って出て行く。自室に戻って、お風呂で二時間くらい凹んだ。諏訪さんの苦笑いは本当にイヤだというサインだったのだ。冷たくあしらわれても、構ってくれることに喜んでいたけど、実際は顔も見たくないってことだったのだ。わたしはただのエンジニアだし、彼らに守ってもらっている立場だ。本部から出れば近界民を呼び寄せる厄介者。かわいい女の子ならオペレーターにいっぱいいる。興味のない女に言いよられてちゃあ、うっとうしいに決まってる。わたしは諏訪さんにとって邪魔者だったのだ。
サッと眠って、気を取り直して作業に向かう。

「おーす
「とーまさんこんばんはー」

眠そうに当真さんがやってきた。深夜作業二日目である。
当真さんにも自由にしててくれ、というと、彼はやりたかったゲームがあると言って携帯端末を持ってきていた。真剣にゲームをする彼を置いて、わたしは作業に取りかかる。昨日全力でやったから、八割くらいの回復で臨んだ今日。トリオンの消費が激しく、やっぱりキツい。

ー、ちょっと休憩しろー」
「いやですー」
「いーから」

作業中のわたしに向かって、ゲームに飽きたのか当真さんが話しかけてくる。レイジさんはそんなことなかったなあと思っていると、彼はわたしを抱え込み、床に座らせた。

「なんすかとーまさん」
「ちょっとトリオン出し過ぎ」
「うおお」

一時間休憩な。そう言って当真さんはわたしを無理やり床に寝かせ、わたしの腹の上に座り込んだ。いわゆる馬乗りというやつである。

「ちょ、とーまさん、これ、重いんすけど、」
「筋トレしてんだよ」
「それはとーまさんがすることであって、わたしは、仕事がっ」
「いーから。腹筋に力を集中させろー、ぺしゃんこになるぞ」
「とーまさんキライ…!」
「おーおー言っとけ言っとけ」

それから三十分だったけれども、当真さんは本当に腹から降りてくれなくて、身動きが取れなかった。腹筋に力を入れていたのでめちゃめちゃしんどい。なんか誰かに見られた気がするけど、確認する術もない。忍田さんとか沢村さんとかに見られたら、完全にヤバい。やましいことしてる認定されそう。

「どーだ、トリオン量増えただろ」
「え? あ、ほんとだ」
「トリオンは生身の身体に適度な負荷をかけると増えるからな」
「全然適度じゃないんですけど」
「まーまー気にすんな」

当真さんのお陰、とするには少々腹が立つので、あんまり言わないが、この日の作業は上手く行ったのだった。
三日目に入り、本日昼間の防衛任務は加古隊。エンジニアチームは女子と仕事が出来るとあって、テンションあがりまくりだった。わたしは自室に戻って、夜に備えて眠る。
そんな日に緊急警報が鳴り、近界民が出た。わたしも眠いけど制御システムの監視に当たる。ネイバーは風間隊が早々に片付けたので、今日も夜間は通常通りの作業だ。

深夜作業の立ち会いのメンバーは大体決まっている。夜中でも普通に働くレイジさん、ボーダー本部でごろごろするのが大好きな当真さん、ギミック作りで深夜も残っている冬島さん、そして深夜給が出ると聞いて喜んで来た烏丸さん。今日はその烏丸さんが来てくれる。なんだかんだで十四日目の夜、作業も今日で終わりだ。

「おっす
「おつかれさまです先輩」
「俺ここで作業してるから」
「了解っす」

烏丸さんはボーダー歴から言うと先輩なので、そう呼んでいる。彼は学校に行きながら色々なバイトを掛け持ちしていて、今日もここでわたしの作業に付き合いながら、何やら画面に向かっている。レイジさんに高給バイトだと紹介されてやってきた彼は、作業二週目の深夜ほとんどを、ここで過ごしている。いつ寝てるんだろ。
外壁強化は相変わらず激務であり、正直なところふらふらであった。そんな中、烏丸さんはいつもコンビニバイトの残飯を分けてくれるので、めちゃめちゃいい人だと思っている。

「今日はケーキあるからがんばれよー」
「きゃー烏丸せんぱい!すき!」
「それを言うのは諏訪さんだけにしとけ」
「もーいいんですー」

えへへ、と笑えば、烏丸さんは豆鉄砲をくらったハトのような顔をしていた。

「諏訪さんのこと諦めたのか? あれだけ好きなくせに」
「諏訪さんに『おめーが来るから彼女もできねー』って言われたんで」
「…不器用だな、あの人も」

そうですよねえ、もうちょっと言い方ありますよねえ、そう言えば、俺の分もケーキ分けてやる、と烏丸さんはビニール袋を漁る。いい人だなあ。

「よーし終わりですー!!」
「おつかれーー」

それから二時間後、作業は終了した。烏丸先輩とハイタッチして、わたしは床に倒れる。はあ疲れた。目を閉じると、腹部に衝撃が走る。

「ぐえっ」
「ほれほれ、腹筋鍛えろー?」
「とーまさん、」

当真さんはお疲れお疲れ、と言いながら、わたしの腹に座っている。烏丸さんはそんなわたしを置いて、さっさと玉狛に帰ってしまった。かなしい。

「今日もトリオンすっからかんじゃねーか。頑張れ
「降りてください、っ」
「やだー。おっ、すわさーん、いますよー」
「な、ちょっと、とーまさ、」

本当に諏訪さんがいるのか分からないけど、扉の方に向かって当真さんが叫ぶ。でも返事はない。

「なんだ諏訪さん? めっちゃ驚いてたけど」
「しらない、し、はやく、おりてください、」
「しゃーねーなあ」

当真さんが降りると、わたしはすぐに技術開発室に走った。隙を見せたらまた座られる!当真さんはわたしのことをきっと椅子だと思っているに違いない(夜勤三回中三回座られた)。ってか何しに来たのだろう…。リーダーに作業報告をして、わたしは自室に戻る。途中で城戸指令に会って、飲みかけのシェイクをそっと渡された。今日もバニラ。
疲れきったわたしは散々眠って、起きたら次の日の朝だった。…体内時計がリセットされたと思おう。

午前は技術開発室で仕事をして、ラウンジで遅めの昼食を取り、城戸さんのシェイク(今日はチョコ味)を飲んでいると、諏訪隊を見かけた。いつもの癖で声をかけそうになったのを、のどの奥で止める。わたしに気づいた堤さんが、手を振ったので、わたしも返した。

「おつかれ、ちゃん」
「おつかれさまです。堤さん、諏訪さん、日佐人くん」
「お疲れです」

こないだの一件で、なんだか苦しくなって、わたしは諏訪さんになにも言うことができない。ちょっとだけ苦笑いをしているわたしに向かって、諏訪さんが初めて声をかけて来た。おい、お前、と。

「当真のアレ。なんだったんだよ」
「…? 諏訪さんには関係ありません」
「んだよそれ」
「もうつきまとったりしないですから。すみませんでした」

失礼します。そう言ってわたしはラボに戻る。みんな作業中で、わたしの泣きそうな顔は幸いなことに、誰にも見られることはなかった。
それからはずっと仕事に打ち込んでいた。近界民の大規模侵攻が予測されるなかで、各部隊の必要物資の需要に応えている。わたしは冬島隊と嵐山隊のトラップやらテレポートの道具を延々と作っていた。お陰で本部にいても、他の隊員に出会うこともなかったのだ。あれから諏訪さんの姿は二週間くらい見ていない。