さん!さん!」

少し肌寒くなってきた9月の終わり。ガラス張りのエンジニアセンター前で、白衣のポケットに手を突っ込んで歩いていると、駆け寄ってきたのは出水だった。わたしはおっす、と挨拶をして彼から用件を聞く。後ろから遅れて米屋が走って来た。

「ハロウィンやろうと思って、今みんなに声かけしてんの。10月31日は本部でパーティーするから」
「主催は出水と米谷?」
「そ。参加条件は仮装ね。何でもアリ。当日はおサノが衣装とメイクしてくれるって」
「元モデルを使うとは中々だね」

仕事終わってたら行くわ、と彼らに返事をしてセンターに戻る。イベントは楽しそうだけれど、別にしたい仮装はないのだ。就活生のコスプレとかしたら怒られるかな、と思い苦笑する。いっそのことおサノちゃんに相談してみようと、わたしは荷物を置いて、おサノのシフトを確認して女子更衣室を張った。

「あっおサノちゃん」
「ん~?さん?」

ハロウィンの衣装、何がいいと思う?という唐突な質問に、彼女は当日衣装部屋来てください、と笑った。

「ちゃんとさん用のもの用意しときまーす」

わたしはその言葉を信じて、よろしくと言い残し3分でその場を去った。
ハロウィンパーティーの噂はたちまちに広がり、高校生たちが主体で装飾を作ったり、お菓子を準備していた。加賀美ちゃんはここぞとばかりに粘土細工をこしらえていて、荒船隊を追い出されたようだったのでエンジニアセンターに匿ってあげた。

一ヶ月なんてあっという間であった。10月31日はすぐに来る。当日わたしのシフトは中番で、仕事は夕方まで。パーティは途中参加になった。わたしはおサノを探す。諏訪隊室にいないので、館内を探していると、模擬戦室一つがおサノの部屋となっていた。

「あーっさん!こっちー」

おサノちゃんは加賀美ちゃんと「ふたりはプリキュア」のコスプレをしていた。なんて似合うコスプレを見つけて来るんだろうと、正直驚いた。そしてわたしもそんな格好をさせられるのかと思い、ちょっとビビっている。

「21歳組のテーマは大正ロマンです」
「という訳で、さんの衣装はこれー!」

おサノちゃんが出して来たのは、わたしが着てたやつ、と言うガチのセーラー服だった。

「えっ、大正なら袴なんじゃ?」
「大正時代にはセーラー服が始まっていたらしいんで。デザインは違うけどシックだしいいでしょ」

紺地に赤色のシンプルなデザインで、サイズはぴったりであった。

「お~サイズ合ってた。よかったー」
「じゃあお化粧ですね」

椅子に座らされると、加賀美ちゃんによってするすると化粧が始まった。わたしが普段化粧をするよりも早く完成したように思う。今度習おう。

「学生なのでナチュラルメイクです」
「うんオッケー!鏡どーぞ」

二人にオッケーをもらって、鏡をようやく見せてもらう。まるで高校生、いや中学生のようだった。

さん似合いすぎて違和感がない」

おサノちゃんの褒め言葉なのかどうなのかわからないことばを胸にしまって、会場に赴いた。二人はあとひとり分の衣装の仕事が終わったら向かうらしい。パーティーの会場は、入隊式にも使っている体育館。少しだけ扉を開けると、みんながわいわいと騒いでいる。このイベントはC級も任意で参加できるらしく、人数はかなり多かった。そのままそっと開けると、扉ががたがたと大きな音を立て、全員の視線がこちらに向いた。いや、あの、そんなに見なくても。

「な、え、さん?!」

出水と米屋が駆け寄ってくる。そしてわたしを会場の真ん中まで引っ張っていった。

「わ~どこの高校生が紛れ込んだのかと思った!」
さんやるじゃん、かわいい!」

高校生達からの歓迎に戸惑いうろたえる。普段から褒め上手の歌川くんに真正面から褒められ、そんなことは滅多に言わない荒船隊にも高評価をもらった。セーラー服の魔力を感じる。狼狽していると、レイジさんたちはあっちだよ、と米屋くんが落ち着く同い年の元へ連れて行ってくれた。

?」

きょとんとするレイジさん。彼は軍服のきっちり着こなしていて、機関銃が似合いそうだった。このまま隊服にすればいいと思う。その横できょとんとしているのは、執事の燕尾服を着た風間だった。これまた似合っている。わたしは21歳組に括られるけれども、大学から三門市に来たので、彼らの昔は知らないし、彼らもまた、わたしの昔は知らないのであった。似合ってるねーと声を掛ければ、お前も似合ってる、違和感なさすぎるぞと笑ってくれた。

「おーっす、遅れた」

後ろから諏訪の声がして、振り返るとそこには大正風を吹かせた、袴姿の男が立っていた。所謂、書生の出で立ちで、スタンドカラーという具合であった。
その瞬間、わたしは顔面が沸騰したのだ。自分でも分かる。いつもの隊服にも、私服のパーカーにも心を動かされたことはなかったが、諏訪のその姿に射抜かれてしまったのだ。わたしは目を合わせられなくて俯いた。

?」

諏訪に声をかけられるも、顔が赤くて上げられない。心臓がうるさい。何をときめいているのだ、相手はあのサボりの諏訪だ、レイジさんも風間もいつもより何倍もかっこいいのに、何故、一体、諏訪に、ときめいているのだろう。
答えないわたしに、諏訪は騒音で聞こえていないと思ったのか、わたしの肩に手を置いて耳元でささやいた。

、今日のその服、すげー似合ってる」

お世辞かもしれない、でも今のわたしには効果が覿面すぎた。恥ずかしさというか、ときめきなのか、もうどうしたらいいかわからなくて、ますます俯いた。そしたら頭が諏訪の胸に当たってしまい、あろうことかこの男はわたしをすっと抱いてきたのだ。彼の左腕が、わたしの腰の素肌に当たる。諏訪はわたしの横髪をつまむと、それをそっと耳にかける。表に出る耳は、それは真っ赤になっていることだろう。

「諏訪、はどうかしたのか」
「はずかしーらしい」

わたしの頭に顎を置いて、諏訪が風間に返事をする。間違ってはいない。むしろ正しすぎる。わたしはますます困惑した。

「なー!諏訪さんずるいー」
「おうおう、俺のに手ェ出すんじゃねーぞおサノ」
「いつから諏訪さんのになったんですかー」
「今だよイマ。ってかお前何だそのカッコ」
「光の使者!キュアブラック!」

やいやいと言い合いを聞いて、すこし落ち着いてきたところに、桜子ちゃんがカメラを持ってやってきた。

「21歳組のみなさん!あちらで写真撮りまーす!」

みんなでぞろぞろとフォトスペースに移動する。おそらく仮想空間で作られたそのスタジオは、白バックだけでなく様々なカラーを備えていて、業者も驚きの内容であった。

「今回のハロウィンパーティーでは、イメージフォトコンテストを開催しています」

せっかくの仮装なので、それに見合った写真を撮ろうということらしい。桜子ちゃんがシチュエーションを作り、我々はかっこよく、またかわいく撮ってもらえるという楽しいイベント、という説明だった。

「シチュエーションって何だよ」
「例えばこれはプリキュアが、宿敵の怪人と出会ったシーン」

諏訪の質問に、桜子ちゃんは先ほど撮った写真を見せてくれる。小佐野・加賀美のプリキュアコンビと、怪人を演じる太刀川くんが写っていた。 プリキュアのクオリティの高さは先ほど実物を見ていたが、太刀川くんの怪人もなかなかの演技力であった。すごく孤月振り回しそうだしボス感めっちゃ出てる。

「写真は後ほど会場の壁に投射し、皆さんに投票していただきます。優勝者にはランク戦ポイントが特別に加算されます」

とりあえずわたしに任せてください!桜子ちゃんがそう言うので、21歳4人組はのんきに備え付けのベンチに座った。
まずは風間さんと木崎さん!二人が呼ばれて、真っ白の撮影ブースへ入っていく。

「執事が軍人と挨拶をしている、でも今から一戦やり合う、殺気が押さえ込めていない、って感じでお願いします!」

二人は桜子監督の指示の元、何ポーズか写真を撮っていく。風間もレイジさんも殺気がだだ漏れで、とても臨場感がある。実際この二人が戦ったらどちらが強いのだろう。

「こーいうのは嵐山隊が一番慣れてるんだろうなぁ」

わたしの横で諏訪がぼそりとこぼす。こういうの得意じゃねーんだよなぁ、と男は髪をくしゃくしゃに掻いた。悪魔な執事と豪腕な軍属の撮影会は無事に終了し、二人がこちらに戻ってくる。写真を見ると、テーマにぴったりなかっこいい姿が写っている。

「我ながらいい写真かと思います…!では次、諏訪さんとさんで」
「えっわたしも?ポイント関係なくない?」
「エンジニアチームには有給が与えられます」
「がんばる」
「現金だな」

二人と交代でスタジオに入る。照明が眩しくて、風間たちが座っているところは全く見えなかった。

「ではお二人は、そうだなぁ、書生と女学生の禁断の恋って感じで!」
「禁断だァ?」

どうしろというのだ。互いに固まっていると、桜子ちゃんは諏訪を配置し、わたしにその後ろに立つように命じた。そう、命じたのだ。

さんは諏訪さんの袖を持って、背中に頭付けてください」

なるほど、そう思ったけど、なかなか恥ずかしい。落ち着いて来た熱がまた上がって来るのを感じる。それでも命令とあれば仕方がない。わたしは諏訪の背に頭をもたげて、その右袖を掴む。左手の置き場に迷っていると、振り向いた諏訪がその手を掴んだ。

「大丈夫かー
「うん、大丈夫、がんばる」

顔を上げて諏訪を見れば、そこでまたさっきの熱が完全にぶり返してしまった。諏訪も目を離してくれたらいいのに、何も言わず、ただこちらを見ている。恥ずかしくて死にそうだ。

「はいオッケーです!最高の写真が撮れました!!!!」

やばい、今一瞬、写真撮られていること忘れてた。
どれどれ、と風間とレイジさんがカメラに寄る。二人はいい写真だと言っているが、自分の目で確かめねばならない。わたしにも見せて、と桜子ちゃんに近づけば、どーぞとカメラを差し出された。

「…これ貼り出すの?」
「はい!めちゃいいとおもうんですけど!大賞狙えますよ!?」
「諏訪ごめん、なんかその、アレだわ…」

写真を見た諏訪も、自分で絶句していた。わたしたちは心底甘い空気を出している。それこそ書生と女学生の禁断の恋、そのものの表情をしていた。恥ずかしすぎて死ねる。もうこれ以上何も言えなかった。何か言ったら墓穴になりかねない。

「よしメシ食いに戻るぞ」

レイジさんの一言で現実に引き戻される。わたしたちはパーティー会場へ戻っていった。

つづく→