紀州とは趣が異なる白い大地に、何故だか郷愁を感じていた。
これが雪だということは分かっている。雪国は雪解けまで動けない。
それは自分の境遇に似ていた。



「これから貴殿には柴田殿の元で過ごしていただく。あとは柴田の者に聞くと良い」

 織田の従者はそう言い残し、颯爽と帰っていった。私は恐る恐る柴田の門番に声を掛ける。

「あの、」
「何だお前は」
「わたくしは薄荷衆のと申す者。この度約定により…」
「薄荷衆?! ひったてい!!」

 丸腰の私は早速警備の者に取り押さえられ、柴田殿の面通しに合うこととなった。探す手間が省けたので良いのかもしれない。無駄な抵抗はせず、そのまま付き従う。大広間に通された私は、手を縛られたまま、長刀を持つ男四人に囲われて、当主・柴田勝家の登場を待った。

「…わぬしが薄荷衆の軍団長とな?」
「ええ、相違ございませぬ。薄荷衆のと申しまする」
「…成る程。離してやりなさい」

 主の言葉に、男達は腑に落ちない様子で私の縄を解く。そうしてそのまま部屋を去った。大きな部屋に、私と柴田勝家しかいない。男は家老の風格が出ており、勇ましい顔をしていた。

「あまり気負うでない。わしは、わぬしを縛ったりはせぬ。好きに過ごせ」
「…と、申されましても、私には何もございませぬ」
「無いなら尚良いではないか。この勝家を父とし、この北ノ庄の城を母として、この世を見るのだ」
「勿体なきお言葉、」
「堅苦しくなくて良い。まずは城を案内する」
「…はい、勝家様!」

 勝家様は、本当に私を自由にさせていた。
 城内に立ち入れないところもなく、わからないことを尋ねればすぐに教えてくれた。城下の人も、武士たちも、私に対して別段変わった様子も見せず、明るく接してくれた。自分自身が人質であることを忘れたような時間だった。寝所も個人の物を城内に用意してもらい、眠るときも警護をつけてくれていた。食べ物もおいしく、また水がとても旨かった。

 時々、頭領に文を書いた。
 当たり障りのない日常の出来事を記し、必ず勝家様に確認いただいてから薄荷へと送った。北ノ庄の冬は薄荷に比べて寒いこと、民は寒さにめげず明るいこと、皆が酒をよく飲むこと。刃物の質がとても良く、職人は毎日真剣に打っていること。海のものも山のものも美味しいこと。軍団は皆統率が取れており、勝家様への信頼が厚いこと。そしてこの城の屋根は笏谷石という淡い青をして荘厳で美しいと褒めたたえた。勝家様はそれを見て、ああ、とぶっきらぼうに返事をするが、その頬はわずかに緩むのだ。

 私はこの笏谷石という石がすきだった。時間を見つけては石工のところに通い、一緒になって石を磨いた。勝家様はその姿を褒めてくださり、私の磨いた石を屋根に使ってくれた。他の誰にも分からなくていい。私は心から嬉しかった。

 勝家様とは時々一緒に城下を回った。良い景色のところにたくさん連れて行ってもらったし、戦における戦術もたくさん学んだ。私たちのお気に入りの場所は、城下を囲う門扉の見張り台だった。ここには普段は人をつけていない。戦の前に使うための櫓であった。

「わぬしは昔を思い出したいと思うか?」
「思い出したい、のとそうでないのとが半分ずつ、かと」
「思い出したくないのか?」
「私は私の素性がわかりませぬ。もしやわたくしは、例えば勝家様の仇であるかもしれませぬ」

 それでも良い、と勝家様は言う。

「わぬしが仇でも構わぬ。人は親兄弟でも争ってしまう生き物だ。だからしっかりとその目で見て、決めるのだ」
「…もし決めかねることがあれば、如何すれば」
「何でも構わぬ。わぬしで決めるのだ。人の言いなりになってはならぬ」

 勝家様は私の頭を、その大きな手のひらで包みながら言う。

「全ての人の気持ちには応えられん。丸く収まる、というのは稀なことだ」
「はい、」
「選べないときは、悩んで構わぬ。だが必ず自分で道を開け。ここの民もそうだ。皆、自分で誰に付いて行くか、どこに住むか、何を生業とし飯を食ろうていくか決めたからこそ、ここにいる。そうやって決めてきた奴は強い」
「私にも、それが出来るでしょうか」
「出来るではない、やるのだ。それがわぬしとわしの約束だ。父の教えを忘るることなく、しっかりやれ」


 夕陽が沈む。人々の生の息遣いと、自然が包む大地が見える。たった二年間であったが、母なる城は私を温かく見守ってくださり、父なる当主は強き新念を背中で語った。


 これが私と父との唯一の約束だ。



20141118 了
20200623 加筆修正



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