いつになく、勝家様は饒舌だった。そのことに私は気がついていた。死に別れるつもりなのだ。
 その覚悟を打ち砕くべく、私は上杉としてこの戦に参陣することを決意した。



 向かうは本陣近くの閉門された砦だった。慶次殿がいるに違いなかったからだ。理由等ない。何故かここにいると分かったのだ。

「慶次殿!」

 私が叫べば、その門はゆっくりと開いた。

「…天下御免の傾奇者、前田慶次だ!待ってたぜ、…さあ、死合おうか!!」
「薄荷衆頭領・、貴殿を倒してみせる!」

 互いに名乗りを上げ、得物を突き立て戦った。山崎で負傷した右腕は使い物にならず、左腕一本で六花を撃った。

「そんな身体で俺に挑む、の信念に背くわけにはいかねえ!」

 赤子同然だった。慶次殿に近づいては、その二叉矛に殴打され、吹き飛ばされた。それでも何度も立ち上がり、私は慶次殿に向かって行ったのだ。何度も何度も、血反吐を吐いても、左腕を守り、六花に弾を込めて撃った。痛くて苦しかった。戦なんて楽しくなかった。初めて慶次殿と邂逅したあの戦いで、私は楽しいと口に出した。自分の信義のためならば、その戦いは何も無駄ではないと思える。だが今はなんだ。仮令、慶次殿を倒したとしても、何も得られない。そして元より勝家様は死ぬつもりなのだ。

「もうよい、。俺と共に敵本陣へ来い。前田慶次、お前もだ」

 慶次殿に吹き飛ばされた私を、誰かが引きずり起こした。それは見知った顔で、石田三成だった。石田殿は私をそのまま自分の馬に乗せ、柴田本陣へと走らせる。

「答えは出たか、薄荷の者よ」

 何も答えぬ私に向かって、そう強く言いつける。この男もまた、何かを迷っているような、そんな気がした。
 すでに柴田本陣では秀吉様が勝家様と市様と争っていた。石田殿は行け、とだけつぶやき、私を馬から投げ下ろす。受け身も取れぬ私は、その場に潰れるだけであった。

「乱暴だねえ、三成は」

 追いかけてきた慶次殿が私を抱え上げる。秀吉様と勝家様、市様の戦いは止まない。

「秀吉様、勝家様、おやめください!」
「ひっこんどれ!」
「わぬしは手を出すでない!」

 止めに入ろうとする私を、慶次殿が制す。兄者は石田殿とともに、この戦いを静観している。

「後のことは、頼みました…」

 そう言って、市様が討死となった。その亡骸に目もくれず、織田家の二人は、己の志のために戦っている。秀吉様は勝家様の手首に三節棍を直撃させ、その得物を地に落とした。刹那、首元に向けられる武器。勝負は決した。

「火をつけい!」

 勝家様が叫ぶと同時に、北ノ庄城は燃え上がった。
 その隙に、勝家様は城へと退却し、門を閉じる。火の手は勢い良く燃え上がり、笏谷石は熱を帯びて赤く光っていた。城に近づこうとする私を、慶次殿と、いつの間にか来ていた孫市兄様が制止する。城から姿を見せた勝家様は、私を見て叫ぶ。

!よく見ておれ!武士が死に様を!」
「そんな、」
「そして知れ!わぬしの親父が背負ってきた重みを!」
「もういいのです、勝家様、私は、自分の無知、無力さを、これほどとばかり知り申しました。だからまだ死なないでください。私にご教授ください、お願いです、勝家様!」
「ならば、わぬしに教えることはもう無い。わしは良い娘を持った」

築け、わぬしらが時代を!
そして時代の重み、総身で受け止めよ!

 勝家の雄叫びは城外まで響き渡り、そしてその命は此処に散った。
 泣き崩れるに付き添う慶次もまた、その武士の死に様を震えながら見つめる。
 孫市は、勝家のその姿に誰かを重ねて何も言えず、またの過去を知る秀吉も、かける言葉を見つけられない。

 勝家の死後、天下は秀吉の手に渡ることになる。
 後にこの戦を「賤ヶ岳の戦い」と呼んだ。


20200623 了


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