戦が始まってしまう。上杉に戻って早々、家のことはさておき、私は単騎で賤ヶ岳へと向かう。
 真っ白な直江家の袴、そして薄荷装束を上から身につけた私は、全ての業を引き受ける覚悟であった。



 真っすぐに北ノ庄城へ向かう。門兵は私の顔を見ると、懐かしい顔だと笑顔を向けた。

「縄で縛っていい、だから勝家様に話をさせてほしい」

 その言葉に、彼らは困惑したが、私の手を縛って城内へと連れて行った。勝家様と市様は、私の姿を見て、ひどく驚いていたが、その顔は普段と変わらぬ柔和な表情であった。

、生きていたのか」
「薄荷衆は先頃、討伐されたと…」

 私が生きていることに喜んでくれた。無事で良かったと笑いかけてくれた。それは単純に嬉しくもあった。だが織田が薄荷を攻めたことは変わらない。生き残ったのは私だけだ。

「戦ってほしくなかった…」

 そう言うと勝家様は私に矛を向ける。そうだ、それが正しい。私は勝家様にとって、敵なのだ。父に頭を下げながら、私は続ける。

「信長公の下で天下統一を目指すことは、すなわち私の理想であったと、今なら分かるのです!」

 信長が生きてさえいれば、勝家様も、秀吉様も、争うことはなかった。それが今になってやっと分かった。でもその信長を兄様が殺してしまった。だから、お二人が私に哀れみをかけるなど、あってはならぬこと。

「私は羽柴にも、柴田にもつかない。これが答えです」

 二人は静かに、私の話を聞いている。膝をつき、頭を下げ、どうしても伝えたかったことを言った。私は勝家様に、謝りたいことがあります、と。

「私は、私は、上杉の人間でした…」

 知らなかったのは本当だ。それでも敵将を囲わせていたのだ。私は上杉の人間として、とても恥ずかしい行いをした。騙していたのだ。勝家様は敵の娘を野放しにしていた、それが発覚すれば沙汰となるだろう。

「…知っていた」

 勝家様は、矛をおろして、そう呟いた。

「薄荷衆の人質を受け入れたのは、要は越後の上杉に対して人質にするつもりで受けたのだ。だがわぬしを見て、その目を見て思い直したのだ」
「何と、」
「わぬしには情がある。人のため、敵のためにも泣ける。そんな気がしたのだ」

 だからわぬしに決めてほしかった。わしを敵とするか、それとも父とするか。
 それは上杉の者でもなく、薄荷の者でもなく、ただ一人の人間として、わしはお前に問うたのだ。そうしてわぬしは今を選んだ。わしを父として過ごす時間を。

「だからわぬしは、いま此処にいる」

 お前はわしに涙を見せにきたのか、と勝家様は苦笑する。

「気負うな。わしか秀吉、どちらが勝っても負けても、戦は続く。これからも人は死ぬ」
「私は、それを止めたく…」
「迷っていい。迷ってもいいのだ。だから自分自身で道を開け。そう教えたであろう?」

 わしとわぬしの約束、ぞ。


 それを忘れた訳ではなかった。忘れていないからこそ、迷った挙げ句、勝家様に話をしているのだ。戦ってほしくない。

「早く行け。わぬしは上杉の者。この戦を日和見て、織田の行く末をしっかりと刮目せよ。それが柴田と羽柴、その両方を見てきた薄荷のやるべきことぞ」

 行くことなど、出来る訳がなかった。このまま去れば、勝家様も市様も戦いに出るだろう。争う必要のない二人が、戦をすることになる。それは避けたいのだ。

「答えられぬか」

 勝家様はそう言うと、斧を握り直し、私に背を向けた。

「どのみちその肩では鉄砲は撃てまい」

 怪我の具合を見極められていたことに、驚きを隠せない。言わないでおこうと思ったのだがな、そう勝家様は続ける。

「わしはわぬしを見て考え直したのだ。時代は変わるのだと。わぬしのような若造が軍団長をやる時代は終わらせねばならぬと。辛い、悲しい、そんな復讐ばかりを繰り返しては、天下統一など、夢のまた夢」
「ですが!秀吉様と争うのは無意味!」
「そうではありません。何が大切なのか、、あなたは主君からたくさん学んでいるはず」
「勝家様、市様、」

 市様は私を連れてきた門兵に声をかける。

「行きなさい、。私たちは私たちの誇りをかけ、最期まで戦います」
「さあ行け、。お前を失いたくない。時勢を読めぬ馬鹿な利家と慶次を頼んだぞ」

 兵に引かれ、私は城を後にせざるを得なかった。門の外では兄者が待っている。二人は死ぬ気だった。それでも私は彼らを止められない。自分の無力さを呪い、勝手に溢れ出る涙を恨んだ。



20200623 了


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