「よォ、待ってたぜ」

 目的の場所へ走り行けば、そこには一際大柄な、金髪の猛勇がいた。私なんて簡単に踏み潰しそうなその迫力に、少し武者震いがする。それは我が隊の兵も同じようだ。

「俺は前田慶次!アンタは?」
「薄荷衆軍団長、だ」
「女か、!面白ぇ。 …さァ、いっちょ暴れるか!」

青の修羅


 名を名乗りあい、戦闘が始まった。
 突撃してくる将を、間一髪のところでかわす。すると男は笑い、振り向き様に矛を振り降ろしてくる。火縄銃で受け止めれば、「アンタ、なかなかやるじゃねぇか」などと言って、彼は笑うのだった。
 私もやられっぱなしではいられない、と、矛をかわして鉛玉を放つ。激しい音を立てて飛び行く弾は、残念ながらかわされてしまった。正攻法では勝てないことなど、目に見えて分かっている。私は思い付く限りの策を、銀髪の豪傑に仕掛ける。猛者も負けてはおらず、休みなく攻撃を続けてくる。攻撃と食らえば、その部分は普段にも増して痛んだ。力は並大抵ではない。

 今こそ、私は修羅となろう。

 必死の攻防のなか、戦さ人、とはこの者のことだと思った。この将はとても楽しそうに戦う。転と身を翻し、槍が私の頭に降ってくる。鍔競り合いになり、歯を食いしばって耐えていると、武人が言う。

「あァ、楽しいねぇ」

 やはり、楽しいのだと言う。面白い。私も傭兵として、幾つもの戦場を駆け抜け、多くの武将と戦ってきたが、このような者は初めて見る。天下統一の夢を孕んだ目ではない。まして薄荷を潰そうとは微塵も思っていない。ただ強い者と戦いたいという思いで戦場にいるのだ。

「アンタは、楽しくないかい?」
「…ああ、楽しいぞ。前田殿」

 だが、負けられぬ。
 本陣で皆が籠城しているのだ。武人を倒し、助けに行かねばならない。主が為、兵を守る為に。矛を掴み、前田殿目掛けて蹴りを入れる。鍔迫り合いが崩れ、間合いが出来た。その隙に私が引き金を引こうとしたその時だった。

「伝令!申し上げます!計の準備が完了、織田軍は退却せよとのことです」

 その伝令は、薄荷衆の者ではなく、織田軍の者だった。伝令は役目を果たすと、すぐさま外れへと退却していく。逃がす訳にはいかない。何故退却するのかは分からないが、芽を摘まねば信長はまた軍を率いてやってくるに違いない。私はせめて、前田殿だけでも倒したく、一歩懐へ踏み込もうとした。

「行くぞ!」

 だが、それは出来なかった。読まれていたのかもしれない。この武人は私を自分の腕の中に、力ずくで押さえ込んだ。しまった…!と思った時既に遅し。私は身動きが取れずにいた。そして奇しくも銃が手から離れてしまった。絶体絶命である。
 この猛勇の力は、武を交えた私が一番良く分かる。首を絞め殺すなんてことは、この御仁には容易いことだ。

 しかし、前田殿はただ押さえ込むだけで、それ以上、戦おうとはしなかった。顔色を伺おうにも、頭を押さえられているため、首をあげれない。

 力ずくでは勝てないことは明白だ。
 多少抗ってみたが、びくともしない。この今わの際とも言える状況に、私の頭は混乱した。思いつくことも大層非力なことだ。だがやらぬよりましである。頭突きをしようかと思い、私が飛び跳ねる努力を始めたのと時を同じくして、薄荷衆の本陣から数発の大きな爆発音が聞こえた。―――そして、仲間の悲鳴も聞こえた。

「…前田殿、これは」
「織田軍の火計だ」
「何?! あそこには、頭領や多くの兵が」
「だから狙われたんだ」
「前田殿!離してくれ!私は本陣へ行く!」
「行ってどうするつもりだ!」

 前田殿はそう怒りながら叫ぶと、諭すようにもう一度、ゆっくり同じ言葉を繰り返すのだった。

「行って、どうするつもりだ? お前さんには何にも出来やしない。爆発音、何回かしただろ? …あれが何を意味するか、アンタにゃ分かるはずだ」

 今日の風はひどく乾いていた。だから火を使う我が軍に、少しは分があると思っていたのだ。まさかそれを逆手に取られるとは、思いもしなかった。

 分かっている。
 もう本陣は壊滅状態であるなど。分かってはいる。
 それでも兵が私の名を呼ぶ声が聞こえるのだ。行かねば、行かねばならない。私には、守るべきものがあるのだ。義を貫くと、決めたのだ。

「…行かせてくれ。さもないと、私は」
「ダメだ。そうはさせない」

 前田殿の前見頃を引っ張り、私は訴える。何度試みても、武人は動いてはくれず、ダメだ、それは出来ない、とだけ言うのだった。逃げ惑う兵士の声と、銃声が響く。

「ではせめて、見せてくれ。燃え盛る我が里を……」
「アンタには見せられねぇ。あそこは今…地獄と化した」
「前田殿!……頼む、頼むから…」

 涙ながらに何度頼んでも、前田殿は許してはくれず、私はこの腕から抜けだそうと必死に抵抗するが、びくともしない。飛んで来る火の粉と、むせ返るような煙、そして仲間の断末魔が、私の心を蝕んでいった。

 ああ、里が、燃える。
 私は、無力だ。




20081115 第二話 了

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