地獄の業火の夢を見た。
 薄荷の里が燃えている。火薬と、人が燃えるにおいがする。わたしは里の外で、ただそれを立ち尽くして見ているだけ。
 恐ろしさに飛び起き目を開けると、火薬庫とも違う、見知らぬ天井が見えた。どうやら私は未だ生きているらしい。

塵継ぎし



 ふと左側から暖かさを感じ、そちらに目を移せば、敵を助けた酔狂な将が眠っていた。
 私たちは同じ布団で寝ていたらしい。酒のせいで、飲まされてからの記憶が無いのだが、おそらくこの武人はまたもや私を助けたようだ。

「…何故私を助ける?」

 思いが零れ落ちるように音となる。
 私は主を失い、帰る里も行くべき所も無い。夢や希望なども無い。戦う以外に私が出来る事はないが、彼が私を武将として目を掛けているとは思えない。この将が世を賑わす豪傑である事など、出で立ちから分かるというものだ。私を生かしたとて、足手まといにはなっても、益にはならないだろう。そのくらい分かる。

「どうしてそんな事聞くんだい?」
「…起きていたのか」
「そんなに見つめられちゃあ目が覚めなきゃ勿体無い」
「冗談は止してくれ、前田殿」
「じゃあアンタもその呼び方、止めてくれ」

 前田殿、ってのは何か堅苦しくて好きじゃねぇんだ、と武将は言った。そして慶次と呼べと強要してくる。

「では…慶次殿、」
「その“殿”ってのもあんまりなんだがねぇ、まあ許してやる」
「慶次殿は何故私を助ける?」

 辛くなると唇を噛みしめるのが私の癖らしい。此処のところはずっと、血を舐めている。慶次殿はゆっくりと、指で私の固く結んだ口をなぞる。
 何故この御仁はこんなに優しいのだ。私は敵将であるというのに。それとも、私の戦う姿は助けを求めるひ弱な武士に見えていたのであろうか。…ああ、また泣きそうだ。この何日かずっと泣いているのに、まだ涙は出てくるのか。まなこに溜まっていく涙を必死に堪えるが、慶次殿が私の瞼を拭ったから流れ落ちてしまった。

「もう泣き止みな。目が腫れる」
「…構わぬ。それより、何故私を生かす? 貴殿には何の益も無いだろう」
「俺はアンタに惚れたんだ」

 私は何を言っているのか分からず、固まってしまった。

「“義”を重んじて、里の奴等の為に戦い、必死に頭領への忠誠を果たそうとするアンタの姿に、俺は惚れたんだ!」

 慶次殿はあの日の私の姿を大層美化して言ったのだった。

「…止めてくれ。私はあの日、何もかも失ったのだ。守るものも、生きる意味も」
「だが“義”はなくなっちゃいねぇ」
「―――――義?」
「そうだ。義だ。もう薄荷のような悲劇を起こしたくはないだろ?」
「…ああ」

 勿論だ。こんな思いを他の者にさせたくない。信長のこの仕打ちを止めさせたいと思う。
 だが私は薄荷を守れなかった。薄荷を滅ぼしたのは私も同然なのだ。

「…そういえば、。アンタ、俺と戦い終わったら “私の命は好きにするが良い”って言ったよな?」
「………」
「じゃあ、生きな。 俺の言う事聞いてくれんだろ?」

 いいのだろうか。こんな私がこのまま生き続けても。
 もう何も無い、こんな私が生きながらえる事に、神や仏は許してくれるであろうか。
 だが、皆が生きよと望むなら、それが皆の望みならば、私は生きよう。二度も助けられたこの命、人様にご縁が無いなどとは思っていない。私に出来る事は一つ。信義を貫く事だけだ。

「分かった。こんな亡骸のような将でよければ、私は慶次殿の為、戦おう」
「いや、今は自分の為に生きな」

 何を言う。私は戦さ人、戦うしか能の無い女だ。傭兵としてだけ生きてきた私に、今更何を望めというのか。やっと今、生きる事に諦めがついたというのに。

「…偶には自分のことを考えたらどうだ?
 それからなぁ泰平の世を目指し戦ってるのは皆同じだ。だから、その先に幸せを見てなきゃ、そんなモンは創れねぇだろ?」

 そう慶次殿は言い切った。
 …望むものが、私にはあったではないか。「和平」という、それもとてつもなく大きな夢が。

 じわりと流れ込む感動に、私は自分の頬にまだ涙が流れていることに気がつかなかった。慶次殿はそれを自分の唇で拭った。驚いて目を合わせると、彼は豪快に笑って私を抱き寄せる。
 昨日の錯乱したときよりも、幾分か冷静な今、自分の服が着ていたものと違う事に気づいた。確かにあの泥だらけの服で布団に寝かすのを憚るのは分かるのだが、血の匂いがしない。慶次殿に聞くと、自分が風呂に入れたなどと言う。

「?! 慶次殿が?!」
「あぁ、何か悪いか?」

 助けてもらった身、何も文句は言えぬ立場ではある。しかし私はこんな形だが一応女だ。身体を見られてしまったと思うと恥ずかしさで顔から火が出そうである。そしてそんな面倒まで見てもらうとは。私は御仁の胸に顔を押し当てた。

「…冗談だ。侍女に頼んだ。運んだのは俺だがな」

 良かった、と安堵して、顔を胸から放す。すると慶次殿は至近距離で目を合わせてきた。どこか意識してしまい、視線に耐え切れなくなって目を瞑れば、唇に慶次殿のそれが押し当てられた。

「…泰平の幸せの先に、俺がアンタを嫁に貰うからな」

 満面の笑みで小さく囁かれる。慶次殿は大層満足げな様子だった。

 これでいいのかは分からない。だが一つ、私は進むべき道が見えた。この御仁が私を求めてくれるなら、私は彼と一緒にその先へ進んで行くだけだ。

 きっと、そうすることを頭領も願っているだろうから。
 その為に、私は生きよう。

 人を愛し、義に生きる。私は我が主の塵に継ごう。






20081119 第七話 了
20200623 加筆修正

<<  目次  >>