流石、慶次殿の馬である。松風は私の心を読んでいるようだ。颯爽と道を駆けていく。
 私は秀吉殿に何をどう伝えるか、それだけを考えていた。
 言葉に出来ぬこの思いを、どう言葉にするか。それだけが気がかりだった。

群雄の交錯



 中国に居た羽柴秀吉の下に、光秀の謀叛、そして、信長の死が伝わった。秀吉は毛利と和睦し、京へと飛んで帰ることになる。所謂、中国大返し、である。羽柴軍は急ぎ毛利と講和条約を結び、京へ戻る準備に大忙しだった。

 そんな折、京からの伝令小隊が到着した。三成が彼らから様子を聞く。伝令の言葉を聞いた三成は、青い顔をした。

「それは…誠なのだな?」
「はい、間違い御座いませぬ。目撃人もおりまする」
「…分かった、ご苦労。下がってよい」
「はッ」

 三成は急ぎ主の下へ向かう。どう伝えればよいか、流石の彼にも分からなかった。ただありのままの真実を、主君に打ち明ける事が、これほどにも苦悩するとは、思ってもみないことだった。何故なら、それは。

「秀吉様、」
「なんじゃ?三成」
「…信長様の件ですが、新たな事が分かりました」
「さっきの使者か。で、何がわかったんじゃ?」
「…御謀叛を起こしたのは明智光秀、しかしながら、信長公の命を奪ったのは、その…」
「もったいぶらんと早よ言え」

 秀吉様は大返しの準備をしていなさる。身支度を整え、馬を用意し、気合を入れるために髪を高く結わえる。いつも戦の前になさっている事である。今も三成に背を向けて、髪を紐で縛っている所だった。

「――あの、雑賀、孫市、だと」

 秀吉様の結わえ紐が鈍い音を立てて切れた。三成には背中しか見えない。だがそれが全てを語っていた。


「…そうか。それも、普通に…アリな話じゃ……」








 所変わって和州、大和国。
 本能寺の変を起こした明智光秀の臣下、筒井家にも、明智陣営として参加するようにとの連絡が入った。筒井の長である順慶は、その事をある家臣に明かした。軍略家、島左近である。
 屋敷にて、酒を飲み交わしながら順慶が事を話せば、左近はそれを一蹴した。

「ありえませんな」
「しかし光秀は信長公を討つ大番狂わせを起こした男…」

 主の単純な考えに、左近は少し嘲笑し、そして苦笑した。軍略家の“先を読む力”が働くのだろう。左近は自信たっぷりに話す。杯を片手に、順慶を見た。

「大番狂わせが二度続かないと思っているのが違う」

 ごくり、と音を立てて杯を飲み干す。左近の双眼が主を捕らえた。

「続くんですよ」

 見開かれたその瞳は何かを知っていた。

「誰が続ける?」

 順慶は身を乗り出して訊ねた。左近は空になった杯に一瞥をくれてから、また主を見る。軍略は、もう始まっていた。

「中国にいる筑前守―――秀吉」


 こうして舞台は着実に調っていった。信長が倒れて数日、嵐の前の静けさが、畿内を覆う。
 決戦は近い。織田軍の内部は皆それを感じ取っていた。時の流れは、もう誰にも止めることはできないのだ。





20091111 了
20200623 加筆修正



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