堺からの帰路、その一報は急に訪れる。
あの時感じた予感は的中し、そうしてまた、私は縁の運命に翻弄されることとなる。
帰りは堺からゆっくりと京を目指し、近場の宿場町を訪ね歩いていた。慶次殿と幸村殿は長い間、毎夜晩酌を楽しんでいて、私はと言うと毎日そそくさと布団にもぐりこんでいた。馬に乗るのは慣れていない。お尻が痛いので座るのが嫌なのだ。堺に行ってから数日経ち、ようやく体力が戻ってきた。ぐっすり眠り、久々に柔らかな夢を見た。憶えていないが、今日は寝覚めが良い。
ご飯のいい香りに誘われて部屋を出ると、そこには美味しそうな食事が並んでいた。今日は食べれられそうだ。二人の御膳より随分少なく装ってもらい、朝餉を食べていると、一人の武士らしき男が上がり込んできた。慶次殿が何事だと声をかける。
「明智光秀公、御謀叛！」
がたん、と三人で音を立て、その者の方を見る。男はびっくりした様子だったが、話を続けた。
「だがしかし止めを刺したんは狙撃手だったとのこと」
「狙撃？！」
「ああ、信長公は向かいの建物から撃たれたそうです」
私は急いで鉄砲玉のように屋敷を飛びだした。
「お待ち下さい殿っ！」
「は、離してくださいっ！幸村殿っ！」
今すぐに堺へ、兄様に会わねばならない…私にはその思いしかなかった。兎角無事であることを確かめたかったのだ。
「、待ちな。持っていくモンはちゃんと持っておきな」
――まだ孫市だって決まったわけじゃない。信じてやんな。
私は部屋から拳銃を二丁、持ち出した。宿の近くの馬を借り、そして堺へと走り出す。馬の扱いは得意ではなかったが、そんなことを言ってられなかった。城下町の商人を掻き分け掻き分け、あの屋敷へと向かう。すれ違う人の中には兄様は居らず、私は屋敷に兄様が居る事を切に願っていた。
「…兄様っ！」
扉を開けても、声はしない。不謹慎ながら家に上がっても誰も居ない。紀州国友も無かった。その代わり、兄様がいつも来ていた戦闘服が、きちんと折りたたまれて置いてあった。
嫌な予感がする。
そして私は箪笥を調べた。あの日兄様が六花を取り出した、あの引き出しである。勢いよく引けば、そこには八咫烏と薄荷の幟。そして紺地に白抜き、八つ鉄砲の日足紋――薄荷装束があった。
「…死なないで、くださいっ」
私はそれらを手に取り、外へ出た。
間違いない、兄様だ。信長を撃ったのは。根拠はない。だがこの状況で、それを否定できるものが何もなかった。むしろ、調べれば調べるほど、その答えに迫ってしまっていた。このままでは織田軍に兄様が殺されてしまう。今の私に出来る事は一つ。それを成し遂げる為、今は振り返らない。
町を出ると、二人が馬に乗って待っていた。着ていた薄い服の上から、薄荷装束を着る。そして私は二人に、行くところがあると告げた。
「何処へ行くんだい、」
「…光秀公が御謀叛、となれば、織田軍の内部争いは間違いありませぬ。信長を継ぎしもの…その雌雄を決する戦いは、必ずや起こります」
私は西を指差し、言った。
「備中に居る、羽柴秀吉―――」
「あの御方にだけは、伝えねばなりませぬ」
この想いを、全部、何も隠さずに、伝えなくてはならぬ。きっと秀吉殿なら分かってくれるはず。そう言えば、慶次殿は手綱を渡してきた。勿論その手綱が繋がれているのは、慶次殿の愛馬、松風である。
「急ぎな。コイツを貸してやる。…貸すんだから、あとでちゃんと返してくれよ？」
「慶次殿…！」
「さあ行きな！俺は京に用があるんでな」
「京？」
「悪いようにはしねえよ」
幸村、アンタはに付いてくれ、と慶次殿が言う。良いのですか、と聞けば幸村殿はしっかりと頷いた。それはとても頼もしく思えた。
かくして私と幸村殿は、秀吉の下へ、風の如く馳せ参ずるのであった。
20090203 了
20200623 加筆修正
あの時感じた予感は的中し、そうしてまた、私は縁の運命に翻弄されることとなる。
ゆめのあと
帰りは堺からゆっくりと京を目指し、近場の宿場町を訪ね歩いていた。慶次殿と幸村殿は長い間、毎夜晩酌を楽しんでいて、私はと言うと毎日そそくさと布団にもぐりこんでいた。馬に乗るのは慣れていない。お尻が痛いので座るのが嫌なのだ。堺に行ってから数日経ち、ようやく体力が戻ってきた。ぐっすり眠り、久々に柔らかな夢を見た。憶えていないが、今日は寝覚めが良い。
ご飯のいい香りに誘われて部屋を出ると、そこには美味しそうな食事が並んでいた。今日は食べれられそうだ。二人の御膳より随分少なく装ってもらい、朝餉を食べていると、一人の武士らしき男が上がり込んできた。慶次殿が何事だと声をかける。
「明智光秀公、御謀叛！」
がたん、と三人で音を立て、その者の方を見る。男はびっくりした様子だったが、話を続けた。
「だがしかし止めを刺したんは狙撃手だったとのこと」
「狙撃？！」
「ああ、信長公は向かいの建物から撃たれたそうです」
私は急いで鉄砲玉のように屋敷を飛びだした。
「お待ち下さい殿っ！」
「は、離してくださいっ！幸村殿っ！」
今すぐに堺へ、兄様に会わねばならない…私にはその思いしかなかった。兎角無事であることを確かめたかったのだ。
「、待ちな。持っていくモンはちゃんと持っておきな」
――まだ孫市だって決まったわけじゃない。信じてやんな。
私は部屋から拳銃を二丁、持ち出した。宿の近くの馬を借り、そして堺へと走り出す。馬の扱いは得意ではなかったが、そんなことを言ってられなかった。城下町の商人を掻き分け掻き分け、あの屋敷へと向かう。すれ違う人の中には兄様は居らず、私は屋敷に兄様が居る事を切に願っていた。
「…兄様っ！」
扉を開けても、声はしない。不謹慎ながら家に上がっても誰も居ない。紀州国友も無かった。その代わり、兄様がいつも来ていた戦闘服が、きちんと折りたたまれて置いてあった。
嫌な予感がする。
そして私は箪笥を調べた。あの日兄様が六花を取り出した、あの引き出しである。勢いよく引けば、そこには八咫烏と薄荷の幟。そして紺地に白抜き、八つ鉄砲の日足紋――薄荷装束があった。
「…死なないで、くださいっ」
私はそれらを手に取り、外へ出た。
間違いない、兄様だ。信長を撃ったのは。根拠はない。だがこの状況で、それを否定できるものが何もなかった。むしろ、調べれば調べるほど、その答えに迫ってしまっていた。このままでは織田軍に兄様が殺されてしまう。今の私に出来る事は一つ。それを成し遂げる為、今は振り返らない。
町を出ると、二人が馬に乗って待っていた。着ていた薄い服の上から、薄荷装束を着る。そして私は二人に、行くところがあると告げた。
「何処へ行くんだい、」
「…光秀公が御謀叛、となれば、織田軍の内部争いは間違いありませぬ。信長を継ぎしもの…その雌雄を決する戦いは、必ずや起こります」
私は西を指差し、言った。
「備中に居る、羽柴秀吉―――」
「あの御方にだけは、伝えねばなりませぬ」
この想いを、全部、何も隠さずに、伝えなくてはならぬ。きっと秀吉殿なら分かってくれるはず。そう言えば、慶次殿は手綱を渡してきた。勿論その手綱が繋がれているのは、慶次殿の愛馬、松風である。
「急ぎな。コイツを貸してやる。…貸すんだから、あとでちゃんと返してくれよ？」
「慶次殿…！」
「さあ行きな！俺は京に用があるんでな」
「京？」
「悪いようにはしねえよ」
幸村、アンタはに付いてくれ、と慶次殿が言う。良いのですか、と聞けば幸村殿はしっかりと頷いた。それはとても頼もしく思えた。
かくして私と幸村殿は、秀吉の下へ、風の如く馳せ参ずるのであった。
20090203 了
20200623 加筆修正