俺は京の都へと向かった。
 戦況を見る為、まず必要なのは情報だった。

上杉の懐刀



 近くで馬を買い、可哀想だとは思ったが必死にひた走らせ、俺は京へ向かう。
 明智光秀の謀叛、商人の話の種だった小さな噂が、現実のものとなってしまったが以上、都がどうなっているのかをこの目で確認しておきたかった。それと同時に、自分自身が思ったより冷静であることに少し驚いた。勿論、心の多くはあの娘の心配でいっぱいだ。だが、こうして京に向かっていることから、にべたぼれなのが良く分かった。どうか無事であってくれ。そう願いながら、俺は夜を駆け抜けていく。

 京へ着いたのは明け方だった。疲弊した馬を売り、ぶらぶらと街を歩く。
 おそらく謀叛が起きて数日、というところであろう。しかしながら予想に反して、京の町は至って普通に見えた。何も変わらない、日常が続いているような、そんな錯覚さえ覚えた。

――どういうことだ

 俺の勘は甚だ間違ったものではなかったらしい。武家屋敷が立ち並ぶ一角は、いつもより騒々しかった。いや、そこだけではない。商人もいささか慌てている。人々は気が付いていた。もうすぐもっと大きな戦が起きることを。
 そうして、俺は自分の屋敷のすぐ近くで、珍しい男を見つけた。

「よォ、いったい、俺に何の用だ?」
「…貴殿が、前田慶次殿、だな」
「ああ、そうだ。誰だか知らんが、とりあえず上がんな」
「! 承知。お言葉に甘えるとするか」

 なんとなくだが、誰かに似ている気がした。
 久々に帰った京の家の侍女は、いきなりの客人に少し怒っていたが、いつものことだと笑っていた。俺は男をや幸村が居たあの部屋に通した。相対して座る。男は正座していた。

「…で、アンタは誰なんだ?」
「申し遅れた。私は上杉家に仕える、直江兼続と申す」
「直江兼続!? アンタ、こんなところで何してんだい。上杉は今、柴田に攻められて大変なんじゃないのかい」
「人を探しております」
「だから、今はそれどころじゃ」
「大事な妹なのだ!」

 勢いづけて立ちあがり、兼続は叫んだ。

「…妹は、と名乗っていたらしい。薄荷衆にいた。薄荷は上杉の者が半分ほど与している部隊であった。…薄荷が消されたと聞いて居ても立ってもいられなくなった」
「何故俺のところに?」
「先日、薄荷の者が住んでいたところへ行った。そこには石碑しかなかった。しかし生き残りの者が居て、子細を教えてくれたのだ」
「子細、ねえ」
「貴殿が、いやを助けた、と聞いた」
「ああ、助けたさ」

 本当なのか、と兼続は俺に掴みかかってきた。ならば会わせてくれぬか、と。

「ああ、構わねえ。だがな、俺はからアンタの話も、上杉の話も聞かなかった。アイツは鉄砲衆の事しか口にしなかった。本当にお前の妹なのか?」

 そう訊けば、兼続は黙ってしまった。俺を掴んでいた手を離し、崩れ落ちるように座り込んだ。男は涙ながらに語る。

は、どうやら昔の記憶がないようだ。だから名前もと名乗っていたらしい。私も、妹が薄荷に居たということはつい先日知ったばかりで、もう何がなんだか…」

 兼続はわんわん泣きだした。男を介抱する趣味はないが、その泣き方はそっくりだった。なんだよ、。お前、ちゃんと家族がいるんじゃねえか。遠くから駆け付けて、敵将の前で丸腰で泣くような、馬鹿な兄貴が。

「泣くな。分かったよ。その泣き方、にそっくりだ。会わせてやるよ」
「本当か!」
「だが、あいつはここにいねえ」
「どこだ!はどこに居る!」
「おそらく秀吉ンところだ。生きていれば、もうすぐこちらへ向かってくるだろう」
「どういうことだ?」

 俺は知っていることを全部話してやった。男はやはり智将であった。ようやく今の現状を理解したらしい。信長が殺されたことも、まだ知らなかったようだ。話し終えると、男はどこかへ行こうと立ちあがる。

「どうした?厠は左だぞ」
「すまない、突然押し掛けて悪かった。私は妹を探しに行く」
「やめとけ」
「何故前田殿が止める?」

 俺はその呼び方で、大笑いしてしまった。本当にそっくりじゃねえか。笑えるぜ。怪訝そうな顔をする兼続に、俺は言ってやった。

「慶次でいい。なあ兼続、アンタくらい賢きゃ分かるだろう?今から何が起きるかってことは」
「…下手に動かぬ方が得策、ということか」
「そういうことだ。どうだい、俺に考えがあるんだが、ついてこないか?」

 ニヤリと笑えば、兼続は少し困った顔をして、だがその話に乗ってきた。
 今、俺たちにできることは、を迎えてやることだ。そのための準備をしなければならない。

「ああ、いいぞ、慶次」


 侍女が部屋に入ってきて、湯の準備ができたと知らせてくれた。




20120111 了




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